第63話:サンドウィッチ
太陽が真上に昇り、日差しが厳しくなる時間まで歩き進めたジルとアーニャは、綺麗な水が流れる小川の近くで休憩していた。
この辺りは比較的安全で、周りに遮るものがない。魔物が現れても不意打ちされにくいので、休憩には最適。小川の水は飲めるくらい綺麗だし、少し火照った体を癒すには、冷たくて気持ちがいい。
マジックポーチに入れてあるタオルを濡らして、アーニャは首筋を冷やしてクールダウンをする。上級冒険者の装備で疲労が蓄積しにくいとはいえ、弱体化したアーニャの精神的な負担は大きい。自分だけならまだしも、ジルを護衛しないといけないのだから。
護衛される本人は呑気なもので、アーニャの真似をして涼んでいる。信頼の証とも言えるけれど、今のアーニャには荷が重かった。
「少し太陽が傾くまで、ここで昼ごはんを食ベて休むわ。無理に進んでもいいことはないし、お腹が空いたのよね」
「わーい、ごはん食べよー」
街を出てからジルにカボチャとコロッケの話をされ続け、アーニャのお腹はペコペコ。ジルが作ったサンドウィッチのお弁当を早く食べたくて、周囲の警戒がちょっぴり疎かになるほどだった。
早速、二人は近くの草むらに腰を下ろし、マジックポーチから昼ごはんのサンドウィッチが入った箱を取り出す。ふっふふーん♪ と上機嫌に箱を開けたアーニャは、襲撃的な光景を目の当たりにした。
「あんた、もしかして、これ……」
手を震わせるアーニャが持ち上げたサンドウィッチは、食パンにキャベツと一緒に揚げ物が挟まれた、コロッケのサンドウィッチ。半分に切られた揚げ物の断面図には、ペーストされたイモと肉で作られたコロッケではなく、トロッとしたクリーミーなニュータイプのコロッケが挟まれている。
そう、午前中にジルと会話してアーニャが食べたくて仕方なかった、噂のコロッケではありませんか! 一番話が盛り上がったカボチャコロッケが見当たらなくても、アーニャは気にしない!
「それはね、クリームコロッケのサンドウィッチだよ」
やっぱりー! 思った通りの見た目をしていたー! とアーニャは思うものの、下唇をグッと噛み締めるだけで、声には出さなかった。
大きな声で叫びたいくらいには嬉しいけれど、魔物を引き寄せるわけにはいかない。こんなにおいしそうな見た目のコロッケが出てきたら、家だったら叫んでいると思うくらいに、テンションが上昇。ピクニックの醍醐味はお弁当よねー、と、本来の目的とは少しばかり離れてしまう。
しかも、さらに追い討ちをかけるように、ジルがサンドウィッチを持ち上げる。
「アーニャお姉ちゃん、コロッケのサンドウィッチの方が好きだったんだね。てっきり、こっちのオムレツを挟んだサンドウィッチの方が好きかなーって思ってた」
オムライスが大好きなアーニャのことを考え、卵でふわっふわのオムレツを作り、サンドウィッチにして持ってきていたのだ。これには、ジルという小さな助手が天使に見えてしまうほど、アーニャは感動していた。
「そっちも好きに決まってるじゃないの。もう、本当にあんたはできる助手ね。ルーナが甘やかす気持ちもわかるわ」
嬉しさが限界突破したアーニャは、隣に座るジルの頭を撫で始める。私の助手はいい子に育ってくれたわね、と、ちょっぴり母親のような目線になり、アーニャは無意識でナデナデしていた。
ルーナが甘やかして頭を撫でる光景を何度も見ていたし、それが嬉しそうなジルも刷り込まれるように見てきた。過去最高に機嫌のいいアーニャは、クリームコロッケのサンドウィッチにかぶりついても、ジルのナデナデを止めない。
(ミルクの甘味が口いっぱいに広がる、濃厚なクリームコロッケ。トロトロとしたクリームがパンと一体化するし、途中で顔を出すコーンが、また甘い。一緒に挟まれたキャベツが口の中で爽やかな気持ちになるし、飽きそうにないわ。これ、絶対に揚げたてが最強においしいやつよ)
なんておいしいサンドウィッチなのかしら、と頭の中が幸せでいっぱい。周囲の警戒なんてまったくしておらず、ジルを撫でていることにも、まだ気づいていない。
ただ、撫でられている方は気づくわけであって……。
――あぅ。アーニャお姉ちゃんも、頭を撫でてくれるんだ。どうしよう、ちょっと……ドキドキしちゃう。
おいしそうな笑顔でサンドウィッチを食べ、優しく頭を撫でてくれる。開放的で広々とした空間で、隣にいることが当たり前のように並ぶ。それはまるで、二人が付き合っているみたいで……。
アーニャを意識しすぎたジルは、ボンッ! と茹でダコのように顔を赤くしてしまう。急に一緒にいること恥ずかしくなったジルは、少し肩をすくめて、小さな口ではむはむと食べ始めた。
一方、隣で恋愛感情を抱かれていると気づかないアーニャは、コロッケのサンドウィッチを満喫。次にオムレツのサンドウィッチを食べ始めるため、ジルのナデナデを中断し、弁当箱に手を伸ばす。
「あっ……」
突然、アーニャのナデナデが終わりを告げ、思わずジルは声が漏れ出ていた。しかし、無意識に頭を撫でていたアーニャには、その声の意味が理解できない。
「どうしたのよ。……はっはーん、わかったわ。小川の水を飲みたかったのに、コップに入れるのを忘れたのね。仕方ないわね、それくらい取ってきてあげるわよ」
上機嫌のアーニャは、やっぱり気づかない。普段は絶対にしないパシりを積極的に行うくらいには、昼ごはんで頭がいっぱいだった。
オムレツのサンドウィッチを加えながら、アーニャは小川の方へスタスタと歩いていく。後ろ姿を見送るジルは、ムスッとした表情を浮かべていた。
「アーニャお姉ちゃんの……、バカ」
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