第3話:トロトロ半熟卵のオムライス
オムライス作りをかけたジャンケン勝負に勝利したジルは、今世で初めてキッチンに立っていた。
身長が低いこともあり、小さな踏み台を足元に置いて高さを調整した後、タマネギをみじん切りにしている。手慣れた手付きでトントントンッと包丁を扱うものの、タマネギの成分が染みて、目をシバシバさせていた。
――夢の中の父さんは目に染みない体質だったみたいだけど、僕は夢でも現実でもタマネギに弱いのかぁ。もしかしたら染みないかもって、期待してたのになぁ。
前世で苦しめられた、タマネギのみじん切り。身長が低くてタマネギと顔の距離が近いことも影響するのか、異世界でも苦戦を強いられていた。
そんな弟の姿を、椅子に腰を掛けてテーブルに頬杖をつきながら、エリスは温かい目で見守っている。
(ジルって、お母さんと一緒に料理してたっけ? 夢で料理の勉強はいっぱいしたみたいだし、その時に頑張って練習もしたのかな。私よりも手慣れた動きを見せるのは複雑な気分だけど、弟の成長を見守るのも悪くないわ)
三年も面倒を見てきたこともあって、母性が強くなったエリスは、姉というより母のような心境になっていた。
タマネギを切り終えたジルは、目をギュ~ッと閉じてやり過ごした後、鶏肉を小さく切り分けていく。
一瞬だけ、鶏の脂身を切り落としてヘルシー志向にした方がいいかな……と考えたが、すぐに却下した。
――初めてエリスお姉ちゃんに食べてもらうなら、絶対においしくなくちゃダメ。脂身はコラーゲンも多いし、全部使っちゃおう。
気合いを入れ直して鶏肉を切るジルの姿を、ずっと後ろでジーッとエリスが眺めているが、ジルはまったく気づいていない。まだまだ幼いジルは、一つのことにグッと集中して取り組むため、周りに目がいかないのだ。
鶏肉を切り終えたジルは、コンロにフライパンを置いて、火を付ける。簡単にボッと火が付くけれど、ガスコンロではない。火の魔石からエネルギーを取り出した、魔石製品である。使い勝手はガスコンロと同じだが。
温めたフライパンにバターを溶かし、タマネギと鶏肉を入れたジルは、ふっふっふーん♪ と上機嫌で炒め始める。その様子を心配そうな顔で見守るエリスは、いつの間にか背後に立ち、火が危なくないかチェックしていた。
子供とは思えない包丁さばきを見せたとはいえ、エリスにとっては、かけがえのないたった一人の弟。それはもう、心配で心配で……。
(う~ん、バターの良い香り。ジルってば、睡眠学習ができるタイプだったのね)
あまりにも弟が成長していると、心配なんてぶっ飛んでしまう、そんな姉もいるかもしれない。
(えっ!? ご飯よりも先にケチャップを入れるの? ケチャップに熱を通した方がいいのかしら。後で聞いてみよう)
受け入れが早すぎるというのも、問題があるだろう。普通は、何かあったのかもしれないと、急に料理ができるようになった弟を心配するところである。
しかし! 大好きな弟が元気になっただけでなく、自分のために料理を作ってくれていると考えたエリスに、疑うという言葉は存在しない。看病した恩返しに料理を作る、そういう優しいところがジルという弟であり、一生懸命に作ろうとする弟の姿に……、激萌えッ!!
やっぱり今時の男の子は料理ができなくちゃね、などと正当化し、急に料理ができるようになったジルを、エリスは心の中で褒め称える始末だった。
そんな姉が背後にいると気づかないジルは、残り物のご飯をフライパンに入れ、しゃもじで軽くほぐすようにかき混ぜる。そして、フライパンを軽く振ると、ご飯と具材が宙を舞い、少しずつ白いご飯がケチャップで赤く彩られていく。
「ちょ、ちょっと、何その技! ご飯が飛んでる!」
「あわわっ! エリスお姉ちゃん、危ないでしょ! 火を使ってるんだから、近寄ってこないで」
「あっ……うん、ごめんね」
全面的に正しい弟の言い分を聞いて、しゅーんと落ち込んだエリスは、静かに席に着いた。チキンライスができていくところを、どこか遠い目で見つめている。
二つの皿にチキンライスが盛り付けられると、ジルはボウルに卵を三個割って、軽くかき混ぜ始めた。普段、オムライスを作るときに卵を一個しか使わないエリスにとっては、予想外の展開である。
(ジルってば、そんなに卵が好きだったのね。体にもいいって聞いたことがあるし、いっぱい使って、もっと元気になるんだよ)
近所のお節介おばちゃんみたいな心情を抱き始めるエリスとは違い、再びジルは料理に集中する。
温めたフライパンに多めのバターを溶かし、表面を黄色い油でコーティング。そこへ一気に卵を流し入れると、ゆっくり溶け込むようにバターと絡み合い、少しずつ形を作り始める。卵がブクブクと気泡で盛り上がるところを箸でかき混ぜ、均等に火を通していった。
片面が焦げないように形を整えたら、焼いた卵が破れないように、ゆっくりとチキンライスへスーッとスライド。途中で破れることなく移動できたことに安堵して、卵にケチャップをかけた。
「エリスお姉ちゃん、できたよー」
自分の分は後回しにして、冷めないうちに完成したオムライスをエリスの元へ運ぶ。小さな足を動かし、トコトコトコッと駆け足で来るジルに対して、迎え入れるエリスは驚愕の表情を浮かべていた。
赤いチキンライスを隠すように覆われた卵は、表面が半熟でトロトロ。最初に卵を混ぜすぎなかったことで、火が通った白身と黄身の色合いが綺麗に彩り、視覚的においしそうな光景を演出。仕上げにかけられたケチャップの赤い色合いが、卵で包み込まれたオムライスを引き締めているようだった。
(芸術点、高ッ! 何なの!? ジルって、睡眠学習のプロなの?)
当たり前だが、睡眠学習にプロもアマチュアも存在しない。そもそも、寝ている夢で勉強することを睡眠学習とは言わないし、ジルは睡眠学習をしていない。前世がただの料理マニアである。
心からジャンケンに負けて良かったと思いつつ、エリスはオムライスにスプーンを入れた。
柔らかいオムライスの中を進み、皿にカツンッ、カツンッ、カツンッと三度当てると、卵の中からケチャップに染められたチキンライスが、お目見えになる。熱々を思わせる蒸気と共に、ケチャップとバターが混じり合った香りが周囲に拡散。クンクンと鼻を動かしたエリスは、それだけでおいしいとわかってしまうほど香りがよく、思わずゴクリッと喉を鳴らした。
スプーンでオムライスをすくい上げ、口元に近づけた後、ふーふー、と二度息を吹きかけて、口の中へ運ぶ。
(……おいしい。どうしてかな、私が作るオムライスよりも食べやすい。タマネギの甘みがしっかりしてるだけじゃなくって、トロトロの卵がまろやかにしてくれるからかな。どことなくコクのある深い味わいを出しているのは、バターのおかげだと思うけど。うーん、そんなことより、このトロトロとした卵がクセになりそう)
色々考えたエリスだが……、最終的な結論は、どうでもいい。おいしいオムライスを食べながらブツブツと考察せず、純粋においしくいただきたい。元気になった弟が自分のために作ってくれたというスパイスが効いたオムライスは、過去最高においしかったのだ!
それはもう、食べることに夢中になってしまうほどに。
熱さと戦いながら一心不乱に食べ進める姉を見て、ジルは心から安堵した。前世の父親以外に作ったのは初めてだったし、ジル自身が前世ではなく夢だと思っているため、ちょっと自信がなかったから。
おいしそうに食べる姉に触発されて、またお腹が鳴りそうだったので、ジルは自分の卵を焼き始める。
良いところを見せようと集中していたエリスのオムライスとは違い、自分が食べる分はチャチャッと済ませたい。いくら料理マニアとはいえ、空腹には勝てなかった。
しかし、ジルもプロではないため、気が抜けてしまうと……、ビリッ。
「あっ、破れちゃった」
そんなものである。
自分が食べる分だからいいやと思いつつ、ジルはオムライスを盛り付けた。ちゃっかりと卵の破れた部分にケチャップをかけて、うまく誤魔化していた。
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