第44話:魔力色

 迎えに来たエリスに連れられ、ジルはルーナの部屋へ戻っていく。完全に早とちりだったことを姉に教えてもらい、恥ずかしい思いでいっぱいだった。


「内緒にしててよ、エリスお姉ちゃん」


「言わないって言ったでしょ。二人とも気にしてないから、普通にしていればいいの」


 仮に言ったとしても、特に何も起こらない。子供の愛の告白など、ありがとうの一言で軽く流されてしまうのだから。


 ルーナの部屋に戻ると、恥ずかしさのあまり、ジルはエリスの後ろに隠れる。それを見たアーニャとルーナは、また人見知りしてる程度にしか思わなかった。ジルのイメージは、人見知りの塊みたいものである。


 時間が経てば元に戻ると思い、アーニャはベッドの下にある黒い箱を取り出す。


 完全に光を遮断するために作られた箱を開けると、中にはポーションが八つ入っていた。そのポーション瓶も特殊な作りで、真っ黒なガラスを使用して作られている。


「うーん、魔力は大丈夫みたいね。ポーションが変性したわけじゃなさそうだわ」


 チェックしていたのは、ルーナの治療薬。月光草という特殊な薬草の性質により、月明かり以外の光を当てると、徐々に変質する特性がある。特注で用意したポーション瓶とケースで二段構えの対策を取っているのだが、呪いの侵蝕に影響を与えていないか、アーニャは確認しておきたかったのだ。


「毎日飲んでるけど、味やニオイが変わった記憶はないよ。姉さんは何でも上手に作るから」


「褒められても嬉しくないわよ。人付き合い以外は、ある程度できるだけよ」


 否定はしつつも、ちゃっかり喜ぶのがアーニャである。口元が緩むため、わかりやすい。


「念のため、今日の分以外は作り直そうかしら。縁起が悪そうだもの」


「姉さんは、そういうゲン担ぎみたいなことが昔から好きだよね」


「なによ。別に面倒くさいって言われても、傷つかないわよ」


「もう、拗ねないで。そんなに拗ねちゃうと、またエリスさんに怒られるよ」


「だ、誰が拗ねてるのよ! 私は全然拗ねていないわ」


 そんな二人の会話を聞きながら、エリスとジルはチマチマと近づいていく。猛烈に恥ずかしがるジルがエリスに強くしがみついているため、ムカデ競争のようにゆっくりとしか動けなかった。


「今日飲むポーションは私が選ぶから、ちょっと待ってなさい。ほとんど変わらないけど、一番良いものを選ぶわ」


 八つのポーションを一つずつ手に取り、アーニャは慎重に選ぶ。マナや魔力と縁がないエリスからすれば、アーニャが黒いポーション瓶を見比べているだけなので、怪しく映っている。


「ルーナちゃんはこのポーションを見て、魔力とかわかるの?」


「魔法と錬金術は別物ですから、姉さんが黒い瓶とにらめっこをしてるようにしか見えないですよ」


 品質の良いものを選ぶといっても、マナと魔力を合成したポーションの善し悪しは、錬金術師にしかわからない。冒険者として魔法が使えるルーナでさえ、うまく判断できなかった。


「いま右手に持ってるポーションが、一番きれいだよ」


 しかし、ここにはもう一人錬金術師がいる。人見知りムーブ全開の、ひょっこりジルである。


「パッと見ただけでわかるわけがないでしょ。このポーション瓶は特注で、魔力が逃げにくい作りになってるの。逆に言えば、外から判断しにくいわ。私ですら、近くで何回も見ないとわからないっていうのに」


「で、でも、他のやつは濁ってるっていうか、きれいなじゃなくて……」


「これは普通の薬草とは違う、月光草っていう特殊な薬草を使ってるのよ。かなり魔力の濃い薬草で、ポーション瓶の中には普通よりも魔力量が多いの。だから、濁るように見え……」


 アーニャの中で何かが引っかかり、右手に持つポーションを見つめた。周りの目を気にすることなく、音や声を無視するように、最大限ポーション瓶に意識を集中させる。


(言われてみれば、確かにこのポーションは魔力が安定しているように感じるわね。他のポーションと比べても、僅かな差でしかないけど。ただ、どれだけ魔力に意識を向けたとしても、他のポーションが濁るという表現にはならないわ)


 普通であれば、新米錬金術師の子供が直感で言い当てたと思うだろう。アーニャでさえ、パッと見ただけでわかるわけがないと、即座に否定したばかり。しかし、もどかしい何かが心に引っかかり、気になって仕方がなかった。


 見落としていた何かが、あるような気がして。


(錬金術師としてのセンスだけで言えば、私はエリスの弟に敵わないわ。短い付き合いだけど、嘘をつくような子でもない。ルーナと私のために錬金術を頑張ってるくらいなのに、適当なことを言うかしら。もし、本当にパッと見ただけでわかるほど、魔力やマナを認識できるとしたら……)


 少し前の記憶を遡り、アーニャはジルの言葉を思い出す。


 他のポーションは濁っていて、このポーションは綺麗で、白い。……ポーション瓶は黒いのに、白い? マナや魔力は目で見えないはずなのに、白い。


 あながち間違ってもいない『白』という色合いに、アーニャの心が動かされる。


(どうしてこの子が、月光草の『魔力の色』を知ってるの? 薬草の特性や特徴を分類した魔力色は、高度なポーションを作る際に必要な知識。ポーションから、読み取れるはずがないわ)


 錬金術の上級者になると、扱いの難しい素材が増えてくる。その時、魔力の色を検査することで、大まかなの特性がつかめるのだ。


 赤は火属性を好み、温かい温度で保管しておくと素材が傷みにくいし、青は水属性を好み、水に浸しておくと傷みにくい。そのなかでも、黒と白は特殊な色のため、最も扱いにくい魔力色とされていた。


 錬金術を教えている自分が話していないし、新米錬金術師が絶対に知らない知識。それをジルは、魔力が認識しにくいポーション瓶をパッと見ただけで、言い当ててしまったのだ。まるで、魔力が目で見えているかのように。


 アーニャは今までの思い込みを捨て、エリスの足にしがみつく小さな男の子に問いかける。絶対に否定することなく、話を全て肯定してみようと思いながら。


「もう一回言ってちょうだい。このポーション、どうやって見えてるの?」


「他のやつより、色が綺麗だなーって」


「見てわかると思うけど、このポーション瓶は黒色よ。あんたが言ってるのは、魔力の話よね」


 異様な空気にチンプンカンプンなエリスとルーナが見守るなか、迷いことなくジルは頷く。


「うん。それだけ、綺麗に溶け込んでるから」


 一人緊張していたアーニャは、体の力が全て抜け落ちるように脱力した。全く予想もしていない答えが返ってきてしまったのだ。


 月光草の魔力が二種類もあるなど、魔力色の実験をしたはずのアーニャも知らないことだった。

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