第27話:錬金術ギルドの試験、最終日2

 マナを用いたポーション作りが失敗続きだったとしても、ジルは諦める気などない。次のポーション瓶を手に取り、マナのコントロールを身に付けようと試みる。


 本来であれば、マナを強く感じることがないため、こんな失敗をする者はいない。徐々にマナの存在を強く認識し、使えるマナの量が増え、精密なコントロールを覚えていくのだから。


 幸か不幸か、前世でマナのない世界で過ごしたジルは、必要以上にマナを認識してしまう。火力調整の利かなくなったキッチンに立ち、次々にフライパンの上で料理を焦がすような状態。


 マナを集めては、ポーション作成に失敗。何度繰り返しても、うまくいかない。


 焦る気持ちを子供なりに必死に抑え、次のポーション瓶を手に取る。自分を奮い立たせるために、ジルは応援してくれるエリスの姿を思い浮かべていた。


 寝込んでいた時に看病をしてくれた悲しそうな顔。必死に励まそうとして震える声。祈るような思いで握り締めてくれた温かい手。


 頑張って自分を生かしてくれた、姉の思いに応えたい。姉が示してくれた錬金術師の道から反れることなど、ジルは考えたくもなかった。


 頭の中によぎるのは、力強いアーニャの言葉。あんたはもう錬金術師みたいなもんなのよ、その言葉を胸に、ジルはポーション作りに励み続ける。失敗しても絶対に諦めることはなく、何度も挑戦を続けた。


 そして、失敗したポーション瓶を何度か横にどけていると、魔力が失われていないポーション瓶が目に入ってくるが、残りは二つ。低級ポーション作成キットの薬草を全て消費したため、この二本でポーションを作らなければならなかった。


 チャンスは、後二回しかないのだ。


 迫りくるような重圧を感じたジルがゴクリッと唾を飲み込んだ後、手元にポーション瓶を引き寄せ、片手に一つずつつかむ。


「アーニャお姉ちゃんができるって言ったんだから、絶対にできるもん」


 少しばかり声が震えつつも、自分にもできると言い聞かすようにアーニャの姿を思い出す。


 姉のエリスのように心が温かく、魔法を見せてほしいとお願いしただけなのに、相談にまで乗ってくれた、アーニャ。オムライスのことになると歯止めが効かないものの、そういう子供っぽいところにジルは親近感が湧いている。口調は少し厳しいけど、面倒見がよく、優しい姿が印象的。


 そんなアーニャに教えてもらうような気持ちで作ろうと思い浮かべていると、ふと、アーニャが作った魔法のことをジルは思い出した。


「そういえば、アーニャお姉ちゃんが作ったファイヤーボールって、マナと混ざらなかったっけ」


 昨日ジルが見せてもらったファイヤーボールは、マナが避けるように浮遊していた。絶対に交わることはないと思えるほど、魔力とマナは仲が悪そうに見えたのだ。現にジルがマナを扱っても、薬草の魔力を押し出してばかり。マナの濃度が濃いとはいえ、少しくらいはポーションに変換できてもいいのになーと思ってしまう。


「似たようなものなのに、薬草の魔力とマナが混ぜらないなんて、変なの。水と油じゃないんだし……ん?」


 ジルの中で何かが引っ掛かり、いったんポーション瓶を机の上に置き、腕を組んで考え始める。


 もしかしたら、魔力とマナは水と油の関係と同じで、絶対に混ざり合わないものではないか……。


 例えば、油を使ったフライパンに洗剤を使うことなく洗い、いつまでもヌメヌメが取れないと嘆くような状態。水の量を増やしても、お湯を使って洗い続けても、洗剤がないとしっかり落ちない油汚れ。今までそんな無謀なことをやっていたのではないかと、ジルは思った。


 そして、その洗剤の役割を人がすることで、魔力とマナが混ざり合い、ポーションに変換されるのでは……、と。


 ポーション瓶に入っている原液も、料理の知識を活用して作り出した、薬草スープ。薬草をすりつぶしたり、出汁を取るように温めたりしたジルの錬金術は、どこか料理と似ている。


 何より、前世の父親が言っていた。皿洗いまでが料理だということを。


 淡い期待を抱くような気持ちで、ジルはポーション瓶を両手でつかむ。自分の中にある魔力は流さないように、薬草の魔力と空気中のマナを意識して、自分が石鹸にでもなったような気持ちで、優しくポーション瓶を撫で始める。


 混じり合うことのない魔力とマナを、馴染ませるようにして。


「あっ……」


 手に持っていたポーション瓶から、僅かに青く輝きを放つ光景を目の当たりにして、ジルは声を漏らした。薬草の魔力がポーション瓶の中で踊るように循環し、空気中のマナが少しずつ溶け込むように流れていく。


 ポーション瓶をジルが撫でる度、小さな子猫が必死に鳴いて応えるように青い輝きをもたらし、少しずつ色合いが変化。水に溶けただけの緑色をした薬草スープが、違う色素へ生まれ変わるように、薄い青色へと変わっていく。


 やがて、ジルが撫でてもポーション瓶が輝かなくなると、不思議と馴染み深く感じる青い液体が完成した。初めて作ったジルも、これが何なのかハッキリとわかる。


「本当に、できちゃった……」


 アーニャを疑っていたわけではないし、錬金術師になると意気込んで挑戦した。それでも、実際に自分の手の中で生み出すと、夢でも見ているような気分だった。


 信じられない思いのジルは、部屋の明かりにポーション瓶をかざして、何度も本物か確認する。そこへ、いきなりドアがガチャッと開くと、昼ごはんのサンドウィッチを持ったエリスが入ってきた。


「ジル、昼ごはんを持って……ハァッッッ!!!!!!」


 肺の中にあった息を全て吐き出すような声にならない悲鳴をあげたエリスは、呼吸の仕方を忘れるほど、ポーションを手にしたジルを眺めるのだった。

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