第87話:意地っ張りなアーニャ1

「平和すぎて、暇ねっ!!」


 自分の立場がわかっていないのか、西門の真下で立ち尽くすアーニャは、ジルの差し入れであるクリームコロッケのサンドウィッチを頬張っていた。


「いいことじゃないのー?」


 門が開けっぱなしになっていることもあり、ジルは外壁の上から見下ろしているため、大きな声で呼び掛けている。


「待ってるだけなんて退屈なのよ。魔封狼に来てもらっても困るけど」


 こんなことを大声で言えるのは、周囲にジルしかいないからだ。特定環境破壊第二級に認定されると、住人の外出制限がかかるし、街を守る兵士は別の門を防衛中。そのため、ここに他の人が来ることはなかった。


 朝から立ち尽くしていたアーニャは、話し相手にジルが来てくれて、飛び上がるほど嬉しい。ジルを甘やかすルーナの気持ちがわかるわ、と思うくらいには寂しかったし、心細かったのだ。


 先ほどまで、センチメンタル・アーニャだったのである。


「そういえば、いつ新しいオムライスを作ってくれるのよ。約束したわよね?」


 何の話をしているんだろう、と思うジルは、昔を振り返るように記憶を整理し始めた。


 アーニャに新作オムライスを作る約束……、それは、錬金術師になる試験最終日の前日のこと。どうやってマナを使えばいいか悩んでいたとき、アーニャに相談したことがあった。新しいタイプのオムライスを作るから、と、対価を提示して。


 スッカリ忘れてたジルは、思わず「あっ」と声を漏らしてしまう。


「……ちょうどね、今日がいいかなって思ってたの」


 誤魔化すのが下手くそなジルである。


「嘘つくのはやめなさい。絶対に忘れていたでしょ! 正直に言えば、許してあげるわよ」


「ごめんなさい」


「素直でいいわね、許してあげるわ」


 普段であれば、どうして忘れてるのよ! と説教を始めるであろうアーニャだが、今は上機嫌。話し相手ができて、ウッキウキのアーニャは優しい。


 差し入れのサンドウィッチを食べ終えたアーニャは、引き続き周囲を警戒する。ちょこちょこと近隣に生息する魔物が近づいてくるため、ジェムで先制攻撃をして討伐。一人でも危なげなく対処するのは、さすが高ランク冒険者と言えるだろう。


 しかし、アーニャの背後は、門が開きっぱなしである。


 本来のアーニャであれば、普通の扉のように門をパタンッと軽く閉門することができるため、兵士が閉じていかなかったのだ。むしろ、開けるのが面倒じゃないのよ、とアーニャが怒りそうな気がして、気を利かした兵士たちは、開門したままにしておいた。


 当然、他の門は固く閉ざし、籠城するように外壁を活かして魔物と戦う。


 それゆえに、弱体化したアーニャが門を閉じることができないいま、徐々に気づき始めた魔物が迂回して、街の侵入を試みようとしていた。街の門を防衛した経験がないアーニャは、意外に魔物が来るものね、などと呑気なことを思っているが。


 戦闘できる回数が決められるアーニャは、マジックポーチに手を入れ、手持ちのジェムの数を確認する。感覚的にまだ五十個近く残っている気がするけれど、夜までに使いきる可能性が高い。でも、それまでに冒険者たちが帰ってくるだろうと、アーニャは推測していた。


(私とジルだけでも、かなりのポーションをギルドへ提出したわ。おまけに三日間も徹夜して、火炎爆弾を九個も作ったの。どれほど魔封狼が繁殖していようと、街へ来るはずがないわ。冒険者がサボらない限り……ん?)


 自信満々で立ち尽くしていたアーニャは、目を細めてジーッと遠くを眺める。小さくしか見えないためにわかりにくいが、立派なウルフの魔物を確認。


 アーニャの記憶が正しければ、あれは……。


「ねえねえ、アーニャお姉ちゃん。あっちに見えるのって、魔封狼じゃないかなぁ。革の感じが似てるよね」


 見間違いであってほしい、そんなアーニャの願いはジルによってかき消される。そして、それだけじゃない!


 ハァハァと息を切らしながら、後方からエリスが走ってくるのだ。普通の魔物と戦闘する程度なら、遠くからエリスに見られても、弱体化したことは気づかれないだろう。しかし、相手が魔法の効かない魔封狼なら、バレる……どころか、勝算が低い。


 破壊神アーニャの絶対的大ピンチに駆け付けたエリスは、開口一番にこう言った。


「アーニャさん、大丈夫なんですよね? 戦闘できるんですよね? 今なら街の兵士さんに言えば、防衛を手伝ってもらえることもできますけど、本当にいいんですよね?」


 まさかの煽りである!


 隠しておいて言うのもなんだけど、説得が遅いわよ! もう来てるの! 間に合ってないのよー! と、八つ当たりしたい気持ちをゴクリッと飲み込み、アーニャは言いきる。


「私を誰だと思ってるの。破壊神という輝かしい二つ名を持つ女よ。遅れを取るなんてあり得ないわ。きっと戦闘を見慣れていないエリスには刺激が強いと思うから、ジルを連れて家まで下がっていなさい」


 大量の冷や汗を流しながら、エリスに強がるのだった。こんな非常事態でも、アーニャは素直になれないのである。


 そして、話が聞こえていたかのように、魔封狼が動き始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る