第17話:トマトソース

 キッチンに戻ってくると、早速エリスとジルはオムライスの準備に取りかかる。


 普段からアーニャの家に来て、身の回りの世話をしているエリスは手慣れている。買い物袋から食材を取り出したり、昨日使ったであろう食器を洗ったり、冷蔵庫から食材を取り出したり……したところで、ジルは妙な光景を目の当たりにして、冷蔵庫の中を確認する。


 ジルは、絶句した。


「アーニャさんたちは偏食だから、冷蔵庫の中を見ても、オムライスの材料しか入ってないよ」


 一段目に卵がズラーーーッ! と並んでいて、二段目に鶏肉がビッシーーーッ! と置かれ、三段目にタマネギがゴロゴロゴロッ! と入っていた。当然、冷蔵庫の横側には、何本ものケチャップがドスドスドスッ! と刺さっている。


 ジルは、そっと冷蔵庫の扉を閉めた。


「アーニャお姉ちゃんたちは、オムライスしか食べないの?」


「朝と昼はパンを食べてるみたいけど、夜はオムライスじゃないとダメなんだって。違うものを提案したら、二人に怒られちゃうんだよね。そういうところは、姉妹そっくりだから」


「よくオムライスばかり食べてて、飽き……」


「コラッ、オムライスの悪口は言っちゃダメって言ったでしょ。アーニャさんもルーナちゃんも元々冒険者で、身体能力が高いの。いつどこで聞いてるかわからないんだから、気を付けてよね」


 ウンウンと頷いたジルを見て、エリスは米を研ぎ、土鍋でご飯を炊く準備を。ジルは机に置かれた野菜を切り、トマトソースを作り始める。


「ルーナお姉ちゃんも冒険者なんだ。優しそうな人なのに」


「確かに、ルーナちゃんは冒険者に見えないかもね。元々アーニャさんは暴れん坊で、ルーナちゃんは優しい女の子として有名なの」


「アーニャお姉ちゃんも優しいと思うけど」


「ふーん。ジルは女の子を見る目があるのかもしれないね。アーニャさんは人と話すことが苦手なだけで、私も優しい人だと思うよ」


「ちょっと怖いところもあるけど……、でも、でもね! すっごいオムライスに詳しいんだよ! あんなこと話してくれたの、アーニャお姉ちゃんしかいなかったもん! 絶対に良い人だと思うの!」


 良い人の基準が料理好きというジルに、女の子を見る目はない。


「最近はアーニャさんも錬金術の活動ばかりだし、暴れん坊な噂は減ってきたかな。今はルーナちゃんのことで頭がいっぱいのはずだし、もっと他にも手伝うことができたらいいんだけど」


「そういえば、ルーナお姉ちゃんって、足が動かないの? 手は動いてたけど、さっき動けないって……」


「うーん、あれは二年くらい前だったかな。魔物の呪いにかかったみたいでね、ルーナちゃんの体は足から石化するようになっちゃったの。まだ完全に石化したわけじゃないと思うんだけど、起き上がるのが怖くなっちゃったみたいで……」


 呪いという言葉にピクッと反応して、ジルの手が止まった。


「もしかして、僕と一緒だったの?」


 しまった、と思いつつ、エリスは土鍋に火をつける。


「あー……うん。呪いの種類が違うけどね。でも、アーニャさんがポーションを調合してくれているから。この街に滞在しているのも、呪いに効果のある月光草っていう薬草を取りに行きやすい街で、拠点に選んだんだって」


 強力な呪いを付与されたジルの方が重かった、なんて口が滑っても言えないエリスである。しかし、ルーナが呪いに侵蝕されていることは事実であり、気安く「大丈夫だから」とも言えなかった。


 だが、呪いで苦しんでいたジルは違う。ルーナが呪いに蝕まれているという事実だけが、頭の中を駆け巡る。


 ――僕の呪いが解けたのは、アーニャお姉ちゃんが呪いを解くポーションをくれたって……。


 呪いを解くためにポーションを作り続けるアーニャと、呪いで苦しむルーナの関係を聞かされたジルは、心の整理が追いつかなかった。


 アーニャが譲ってくれたポーションで自分の呪いが解けたのに、まだルーナの呪いは解けていない。その不可解な事実だけが頭の中をグルグルとまわり、ジルを混乱させる。


「今の話は内緒だからね。誰にも言っちゃダメだよ」


 ふと、現実に引き戻されるかのようにエリスの声が聞こえ、ジルは考えることをやめた。


「……うん、言わない!」


 今はアーニャとルーナにオムライスを作る、それだけを頑張ればいい。色々考えてしまえば、またエリスにも心配をかけることになるから。


「錬金術の試験が終わったら、たまにはジルも一緒に、ルーナちゃんに会いに来ようね。話し相手になってあげてほしいし、おいしいオムライスを作ってあげたら、きっと喜ぶと思うから」


「うん!」


 互いにアーニャとルーナを喜ばせることで話がまとまると、ジルはトマトソース作りを再開する。


 トマトを湯剥きでツルンッと皮を取り除いた後、微塵切りに切っておいたタマネギとニンニクをオリーブオイルで炒めていく。


 焦がさないように手早く混ぜるジルを見て、エリスは感心した。


「本当にジルは料理が上手になったよね。料理してる姿なんて見たことなかったのに、私よりも上手なんだもん」


「えへへ。そうかな」


 褒められてご満悦になりながら、完熟トマトとバジルを入れ、パラパラと塩を降り入れる。流れるような動きで行う姿に、迷いは見えない。


「煮詰まるまで時間がかかるから、ちょっと待っててね。後はトマトの水分を飛ばして、調整するだけなの」


 ***


 エリスが作っていたご飯が炊きあがると同時に、ジルのトマトソース作りも終わった。


 待っている間に炒めておいた具材とご飯を合わせ、ジルは手早くチキンライスを作っていく。その後ろで、コッソリとトマトソースを味見したエリスは、こういう感じね、と納得するように頷いている。


 出来上がったチキンライスを皿に盛り付けた後、ジルは卵を半熟になるように焼いていく。そして、卵が破れないように慎重に動かし、チキンライスに乗せたところで、颯爽とアーニャが現れた。


「見た目に寄らず、あんた意外にやるわね! 半熟卵がトロトロじゃない! 久しぶりのせいかしら、今までで一番トロトロに見えるわ!」


 料理に集中していたジルがビクッと驚くなか、エリスをため息をこぼす。


「アーニャさん。卵を焼く前から覗いてたの、私は気づいてましたよ」


「……悪かったわね。気になって仕方がなかったのよ」


 大人として恥ずかしい行動だと自覚していたのか、妙に素直なアーニャなのであった。

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