第98話:エリクサー

 街中に【創造神】の二つ名が広がり始めた、昼下がりの午後。すでにアーニャとジルは家に戻り、作業部屋で錬金術を行っていた。


 カーテンを閉め切った部屋には、砕いた月光石の粉末をバラまかれていて、幻想的な光が満ち溢れている。まるで宇宙にでもいるかのような空間となっていた。


「アーニャお姉ちゃん、もうちょっと水を足して」


 その場所で二人が力を合わせて作るのは、ルーナの治療薬になる。作業に慣れているアーニャが作り、しっかり魔力が見えているジルが指示を出す。


「ゆっくり足すから、ストップって言いなさいよ」


「ドバーッて入れないでね? ちゃんと一滴ずつ入れてくれないと見逃しちゃうから」


 息を合わせた二人が慎重な作業を進めていくと、共鳴するように月光草が輝き始める。


 本来、月光草は夜の月明かりがないと魔力が失われてしまうけれど、月光石の粉末がバラまかれ、特殊な魔力が充満した部屋では問題がない。逆に、特殊な魔力に呼応して、月光草が生き生きしているくらいだ。


「ストップ! ここで月光草の魔力が変化してるよ」


「やっぱり思った通りね。ポーション瓶だけじゃなくて、作業する環境にも気を配る必要があったのよ」


 以前、偶然にもエリクサー(微小)を作った際、薬剤に何度も月光草を溶かし、部屋の魔力を充満させていた。あの時の不思議な感覚が忘れられなかったアーニャは、ポーション瓶だけで錬金術が行われているのではないか、と考えたのだ。


 普通、錬金術を行う際には、空気に存在するマナで調合する必要がある。しかし、エリクサーを作るときに限っては違う。空気中に浮遊する月光草の魔力で錬金術を行わなければ、うまく変換されない。それならばと、月光石を粉末に砕いてバラまき、同じ環境を作っていた。


 そして、その仮説を証明するかのように、月光草の魔力が変化したことをジルは見逃さなかった。


「綺麗な虹色をしてるけど、すごい不安定な感じだよ。どうしていいかわからない魔力が、迷子になってるみたい」


「わかったわ。私は普通に錬金術を試みるから、ジルは魔力が安定するように干渉してちょうだい」


 小さなポーション瓶に二人の手が重なると、月光草の魔力が変化を始める。空気中に含まれる魔力が一つ、また一つと光を失い、部屋の中は暗くなっていく。が、ポーション瓶だけは光を増し、少しずつ液体が青色に変化し、キラキラと輝き始めていた。


 綺麗な海のように青く澄み、太陽の光を反射しているわけでもないのにキラキラと輝く液体。それが何を表しているのか、アーニャは理解している。


 ジルの呪いを解いた幻の秘薬・エリクサーを譲ったのは、アーニャだ。あの時、自分の手元から離れたエリクサーに、ゆっくりと変化していた。


「焦る必要はないわよ、ジル。ゆっくり変換していけばいいの。もう失敗なんてしないわ」


「もしかして、アーニャお姉ちゃんも魔力が見えてる?」


「さっきから、少しずつね。ポーション瓶の周りに綺麗なオーラが見えるの。こんなにも綺麗な虹色だったなんて、夢にも思わなかったわ」


 見とれるようにポーション瓶を眺める二人は、虹色の魔力に導かれるように錬金術を行う。ルーナがベッドから立ち上がり、笑顔で過ごす姿を思い浮かべながら。

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