第76話:ポーチ作り1

 無事に魔封狼の革を購入できたジルは、ルンルン気分で冒険者ギルドを後にして、アーニャの家に帰宅。玄関で靴を脱ぎ散らかし、急いでルーナの部屋に到着すると、勢いよく扉を開けた。


「ルーナお姉ちゃん、買ってきたよー! みてみて!」


 嬉々とした表情でルーナの元へ近づき、自分の功績を見せつける。犬であったら、尻尾をブンブンッと振り回して喜んでいそうなジルである。


「すごーい、一人でお使いできたんだね。ジルくんは偉いな~」


 子供の扱いに慣れているルーナが頭を撫でて褒めてあげると、ポワポワ~っと幸せそうな笑みをジルは浮かべた。ルーナお姉ちゃんのために頑張ってきたんだよ、と言うように、ジッとルーナの目を見つめている。


「それでね、お使いのご褒美にもう一枚もらったから、僕の分も作ってほしいの。エリスお姉ちゃんとお揃いのポーチを持ちたいなーって思って」


 冒険者ギルドってそんなに良心的だったっけ、と思いつつも、ルーナは魔封狼の革を受け取る。


 魔封狼は魔法が効かない特殊な魔物で、他のウルフと革の感触が異なるため、これが本物であることは間違いない。冒険者ギルドに二枚も在庫があるのは珍しく、討伐して間もないと感じるほど、品質も良好。戦闘で無駄な傷痕がついた形跡がないのは、優秀な冒険者が討伐した証であり、ポーチに使うには贅沢過ぎるくらいだった。


(久しぶりに私の冒険者カードを出したから、おまけしてくれたのかな。こんなに良い素材は、この辺りだとなかなか取れないと思うし)


 気前の良いオッサンがくれた可能性など、ルーナが考慮するはずもない。冒険者ギルドの職員が気を利かせてくれたと判断した。


 一通り素材を確認し終えたルーナは、ジルの期待の眼差しが消えないことに気づき、少しだけ顔が引きつる。


(毎日料理を作ってもらっているし、前に恥ずかしいところを見られたからなー。あの時のお礼も兼ねて、ジルくんの分も作るしかないか)


 以前、石化の侵蝕が進んだ時にジルが慰めてくれたことを思い出したルーナは、ジルのお願いを受け入れるしかなかった。


 子供らしい無邪気な瞳で見つめてくるジルと比べると、あの時とはまるで別人。どうしてこの小さな男の子を頼もしく思ったのか、ルーナ自身にもわからないけれど、自分のために頑張ってくれたことは間違いない。


「じゃあ、ジルくんの分も作るね」


「やったー! エリスお姉ちゃんとお揃いだー」


 エリスさんに渡す特別感がなくなっちゃうけど、とルーナは思うが、声には出さない。そっちの方が受け取りやすいだろうし、ジルの分もあった方がエリスも喜ぶはず。


 自分よりも弟を優先して、エリスは生きているから。呪いが解けて看病が終わっても、それは変わらない。まだまだジルのことが心配なんだろう。


「ねえねえ、もう一つだけジルくんにお願いしてもいい?」


「どうしたの?」


「このままだとポーチの素材に使えなくてね、ジルくんに革をなめしてほしいの」


「えーっ! これ……、おいしいの?」


「舐めるんじゃなくて、なめすの。魔封狼の革を丈夫にする作業をしてほしいって意味だよ。錬金術でマナを使ったなめし方があるはずだから、姉さんに聞いてきてもらってもいいかな」


「はーい」


 この世界では、薬品を使って革をなめすこともあるけれど、マナや魔力を使ってなめすことが推奨されている。革にマナを流すことで、擬似的に生きた状態を作り出すと言われ、素材がより活性化して品質が向上しやすい。


「じゃあ、いったん魔封狼の革を預けておくね。くれぐれも、エリスさんには内緒だよ。今日中に革の処理が終わりそうになくても、私のところに持って来てね。ちゃんと引き出しに隠しておくから」


「うん。エリスお姉ちゃんがギルドから戻ってくる前に、ルーナお姉ちゃんのところに持ってくるね」


 新しい役目をもらって嬉しそうなジルは、魔封狼の革を両手に持ち、部屋を飛び出していく。


「本当に大丈夫かなー。エリスさんに気づかれないといいんだけど」


 良い返事には定評があるジルに、ルーナは不安になるのだった。

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