第ニ章

第54話:朝食は優雅にフレンチトーストで

 ルーナの石化した足の一部がエリクサー(微小)で改善した、翌朝。ベッドに仰向けで眠るルーナの横で、ピタッとひっつくようにアーニャが眠っていた。片時も離れたくないのか、妹のルーナの腕をギュッと握り締めたまま。


 そこへ、随分と甘えん坊さんだったんだなーと思うエリスが、カーテンをシャーッと勢いよく開けて、二人を起こす。


「朝ですよー。ちゃんと起きてくださいねー」


 少し眩しそうな表情を見せつつも、ルーナは朝が強い。目を覚ましたら、二度寝することもなく頭が覚醒する。


 一方アーニャは、布団で顔を隠して二度寝した。一人でいるときはしっかりするものの、ルーナと一緒になると、昔からだらけてしまう癖がある。


「エリスさんに起こしてもらうなんて、新鮮ですね。ママみたいです」


「せめて、お姉ちゃんにしてもらってもいいかな。あと、二度寝はやめてくださいね、アーニャさん」


「………」


 本気で二度寝しようと思う者ほど、声を出さない。もう二度寝したんだから諦めなさい、と、なぜかアーニャは勝ち誇っていた。


 ちょっぴり狭いベッドではあるけれど、妹の体温が温かく、布団に優しく包み込まれた現状は、二度寝するのに最適な環境になる。すぐにウトウトして夢の中へ向かおうとしていると……、ガバッ! と布団が宙をまった。


 眩しい太陽の光りに襲われ、目を薄っすら開けて確認すると、布団を折りたたむエリスの姿が見える。朝の至福のひと時である二度寝を容赦なく妨害したエリスに、なにすんのよー! とキレたいアーニャだが……、朝はテンションが低い。


「ちょっとくらい、いいじゃない」


 その結果、ちょっとだけエリスに甘えるように、アーニャはお願いした。


「あー、そうですか。別に私はいいですよ。今朝はジルが豪華なフレンチトーストを作ってくれたのに、アーニャさんは食べなくてもいいんですね。一足先にいただきましたけど、トロけるようにおいしかったのになー」


 寝ぼけるアーニャの頭の中に、豪華なフレンチトーストという言葉だけが駆け巡っていく。


 パンに甘い汁を吸い込ませた極上の朝食、フレンチトースト。その甘みを思い出すだけで唾液が分泌されてしまうのに、豪華になっているとは、いったいどういうことなのか。


 可能であれば、寝転びながら食べたいというアーニャの希望は、通りそうにない。


「起きるわよ。起きればいいんでしょ」


 渋々アーニャが起きあがると同時に、部屋の扉が開くと、トレーで朝食を運ぶジルがやってきた。その姿を見たアーニャは、一気に頭が覚醒する……!


 熱々のフレンチトーストの上に乗せられた、冷た~いバニラアイス。そこへ、蜂蜜がトロ~リとかけられており、ちょっぴり溶けたアイスがフレンチトーストの上をゆっくりと流れ落ちていく。さらに、色合いを意識して添えられたミントの葉と、カットされたオレンジが美しさを演出。貴族が二度見しそうなほど豪華なフレンチトーストを前に、アーニャはゴクリッと喉を鳴らした。


 ジルが平然とした態度でアーニャとルーナに朝ごはんを渡すと、二人は目の前のフレンチトーストにくぎ付けになる。


 予想を遥かに上回る豪華なフレンチトーストを出してきた、にへへへ、と笑うジルに、どうしてもアーニャは言いたいことがある。皿の上に広がる南国の楽園を前にして、我慢することができない! 


「この白いのはなによ。今までこんなのなかったわよね」


「バニラアイスって言ってね、冷たくて甘いデザートなの」


 アイスを初めて見たアーニャとルーナは顔を合わせ、首を傾げあった。


 この世界のスイーツは、ハチミツで作るハニークッキーが普及し始めたばかりで、庶民がおやつとして食べ続けるには、まだ値段が高い。最近は貴族の料理人たちが、フィナンシェやラング・ド・シャといった新たなクッキーを開発し、最高の贅沢品と呼ばれるデザート、ケーキが誕生した……はずだったのだが。


 長年冒険者として活躍したアーニャとルーナでさえ、片手で数えるくらいしかケーキを食べていない。そのケーキのような甘みを持ちながらも、パンのようなふんわり感も併せ持つフレンチトーストに、昨日は大喜びしていた。


 それなのに、早くも新作デザートの爆誕である!


(見てるだけで幸せだわ。どうしたらこんなの作れるのよ)


 短時間のうちに新作デザートがポンポンッと出されれば、受け入れる側もさすがに困る。しかも、フレンチトーストとのコラボである。


「アイスは溶けちゃうから、早く食べた方がいいよ?」


 しかし、ジルには関係がない。驚いて食べ始めない二人に対して、急かすように声をかけた。


 昨日はアーニャが初めてエリクサー(微小)を作った、お祝いするべき記念日。ルーナの石化が完全に溶けたわけでもないので、細やかにお祝いしようと、昨日からエリスと計画をしていた。


 アーニャがルーナとベッタリ過ごしている間にエリスと買い物へ行き、食材を調達。人類でアイスを嫌う人はいないと豪語したジルは、絶対に喜んで食べてくれると思い、エリスと一緒に早起きをして作ったのだ。


 だから、早く食べてもらいたい。二人の喜ぶ顔が見たい。


 アイスを食べておいしいと言うまで絶対に目線を外しませんよ、と言わんばかりのジルの眼差しに……、アーニャは弱い。ベッドの上に座っているとはいえ、子供のジルは身長が低いため、上目遣いを向けられるのだから。


「わ、わかったわよ。アイスを食べればいいのね」


 ジルに見つめられながら食べるのは恥ずかしいので、アーニャが少し体の向きを変えると、一足先にコッソリ食べるルーナの姿が目に映る。


「姉さん、私これ好き。アイスはデザート界のオムライスだと思うの」


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! そんなにおいしいの? ま、待って、い、いま食べるから」


 アーニャとルーナにとっての至高の料理、オムライス。そのオムライスと肩を並べる存在だとしたら、大事件である! アーニャが歴史上で二番目にエリクサーを作ったことと同じくらい、二人にとっては大きな出来事なのだ!


 とんでもないほどハードルが上がったアイスに、アーニャはスプーンを入れ、口の中へ放り込む。


 舌の上をバターが溶けるみたいにトロ~っと転がり、濃厚な甘みがヒンヤリと広がる。噛まなくても味わえるだけでなく、体に染み込むように甘みが浸透し、喉の奥へ流れていく。


 儚い……。アイスとは、なんて儚いデザートなのだろうか。こんなものを食べてしまったら……。


「朝ごはんはフレンチトーストに決まりね」


 朝食がフレンチトーストで固定化されるのだった。

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