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「今ので、そういうのがわかるんですか?」

「はっきりと断言はできませんが、そうですね。まず第一に、あなたとのメッセージのやりとりから伺える彼の日常生活に、自殺に結びつくような鬱々とした精神状態が読み取れないというのがあります。人間、うつになると、ほとんどの場合やる気や集中力が低下し、身だしなみに気を使わなくなったり、忘れ物やミスが増えたりというふうに、日常生活にも悪い影響があるものですが、これらのログを読む限り、そんな傾向は見られません。むしろ、明らかに清川さんのほうが忘れんぼうで、うっかりミスが多いようですね。ヒロセさんのほうがよっぽどしっかりしている」

「い、いや、私のことはいいです」


 小百合は突然の個人攻撃に顔を赤くした。ビデオテープのことといい、見た目よりはルーズな性格のようだ。


「それに、SNSによると、亡くなる少し前に彼はアメリカのヒーロー漫画の新刊を買っており、楽しんで読まれているようですね。これもうつの人では考えにくいことでしょう。うつになると、何事にも興味、関心を持てなくなるものですからね。漫画を読む気力なんて、そうそうわかないものです」

「なるほど、確かに」

「また、SNSやメッセージのやりとりの内容以外に、第二の理由として、彼の遺した文章があまりうつの人らしくないというのがあります。実は、最近の研究によると、うつの人というのは、書いた文章にその特徴が現れることが多いのです」

「うつの特徴が文章に出るんですか?」

「はい。通称『うつ語』と呼ばれるもので、三つほど大きな特徴があります。まず、『悲しい』『辛い』といった否定的な感情表現の多用。次に『私』『俺』といった一人称の多用。最後に『絶対』『完全な』『必ず』といった絶対的な言葉の多用です」

「そんなものがあるんですか。最初の一つはわかりますけど……」

「おそらく、うつの人の一人称の多用については、自分自身のつらい気持ちで心がいっぱいで、他者への関心が薄れていることの表れなのでしょう。また、絶対的な言葉の多用は、うつの人が陥りがちな白黒思考、善か悪か、イエスかノーかといった、極端な考え方の表れだと思われます。文は人なりと昔から言いますが、やはり心理状態もある程度は書いた文章に反映されるということなのでしょうね」

「心理状態が文章に反映、ですか……」


 小百合はスマホをいじり、ジェームズとのメッセージの履歴を見ながらつぶやく。


「つまり、ジミーの書いた文章は、うつ語ではなくて、当然、彼はうつではなさそうだったってことですか?」

「僕が見る限りは、そうですね。また、他にも、彼がうつではなさそうだったと思わせるポイントがあります。それは彼がSNSに投稿していた写真です」

「写真で何かわかるんですか?」

「はい。これも最近の研究によるものですが、うつの人がSNSに投稿する写真は、普通の人のものに比べて、セピアやモノクロなど、暗い色彩のフィルターを多用する傾向があるのです。また、人物の写真にも特徴があり、うつの人の写真は人物が小さかったり少なかったり、自撮りですら顔が小さかったりという傾向があるのです」

「そうなんですか。確かに、そういうのはジミーの写真にはないですね」


 小百合は再びスマホをいじり、ジェームズのSNSの写真をながめながらつぶやいた。灯美も横から画面を見てみたが、どの写真も色彩は鮮やかで、人物の写りも普通に見えた。ウロマの説明したSNS鑑定によると、うつではなさそうだ。


「つまり、僕がこの場でざっくりと調べた限りでは、ヒロセさんは亡くなる直前は、特に自殺を考えるような心理状態ではなかったと思われます」

「そう、ですか……」


 小百合はやはり困惑を隠せない様子だ。結局、振り出しに戻った形なのだし。


「あの、何か他に、ジミーの死因について調べる方法はないんでしょうか?」

「そうですね。そちらのお宅に直接おうかがいさせていただければ、あるいは何かわかるかもしれません」

「本当ですか? ぜひうちに来てください!」


 小百合は即答だった。


「わかりました。では、次の土曜日の午後、清川さんのお宅にお邪魔させていただきましょう。こちらの雑用係の彼女とともに」


 と、ウロマは灯美の予定を勝手に決めながら快諾した。

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