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「ウロマ先生、先週はどうもありがとうございました」


 さて、ここはいつもの虚間鷹彦カウンセリングルーム。ただ、今日はいつもと違って、客がいた。しかも、いつもと違って、とても満足そうな表情である。パイプ椅子に腰掛けたその男は、年齢は四十代後半くらい。トレーナーに短パン姿の小太りで、頭髪はだいぶ厳しい感じにハゲ散らかしている。


 こういう日もあるんだなあと、男の隣で灯美はしんみり思った。まあ、先週この男とウロマの間にどんなやりとりがあったのか、灯美は不在だったのでよく知らないのだが。


「ほほう。その様子から察するに、滝本さんはもう、失恋の痛手からすっかり立ちなおられたようですね?」

「はい! あれから、先生の言われたとおりに、毎日、ニュース番組やら新聞やら週刊誌やらネットのニュースやら、色々見て回りました。主に芸能ニュースを。そして、わかったんです。先生が私に言われたとおり、世の中には私なんかより不幸な人がゴマンといると!」


 滝本とやらは目をきらきら輝かせながら、何やら不穏なことを口走っている。


「いやあ、特にあのミュージシャンがクスリで捕まったのは痛快でしたね! もう三度目だって言うじゃないですか。さすがに復帰は無理ですよね」

「今回は逮捕された際に同衾していた女性が不審死していますからねえ。前回までとは事情が違うでしょう」

「そうそう! あいつ人一人殺してるんですよね。昔はアルバムがミリオン売れてたって言うのに、とんだ転落人生です。うけるー」


 滝本は楽しそうにゲラゲラ笑っている……。


「あと、あの女優ががんで死んだのもケッサクでした。私より年下なんですよ? 売れてたし、金だってうなるほど持ってたはずなのに」

「彼女の場合は、がんが見つかった初期の段階で、民間療法に頼ったのが命取りでしたね。最初から適切な治療を受けていれば助かった可能性が高い」

「そうそう! いくら金持ってても、美人でチヤホヤされてても、根本的にバカだとどーしようもないってことですよね。まあ、そもそもあの女、整形サイボーグだしなあ。訃報のニュースのまとめ記事で、整形前のブサイク顔さらされてて、うけるー」


 滝本はノリノリだ。笑いながら人の死体を蹴る男である。


「他に、昨日の交通事故のニュースもよかったですねえ。ウェーイ系の大学生四人が車ごと法面に突っ込んで崖下にダイブ。全員死亡。そいつらの親は、そんな死に方をさせるためだけに、高い金払って大学に行かせてたんでしょうかねえ。うけるー」

「あの事故は飲酒運転だったそうで、さすがに同情はしづらいですね。彼らのほかに犠牲者が出なくて何よりです」


 人の不幸話に、ひたすら花を咲かせる滝本とウロマである。


「いやあ、本当に、世の中にはクソほど悲惨な人がたくさんいるんですねえ。先週、先生の言われたとおり、少しばかり世間のいろんなニュースに目を向けて、それがよくわかりました。自分の不幸がどれだけちっぽけでどうでもよかったってことも」

「そうですね。失恋はつらいことですが、うっかり死んでしまったり、うっかり警察のお世話になることに比べれば、傷は浅いと言えるでしょう」

「ですよねー。考えてみれば、女なんてアイツ以外に腐るほどいますしね」

「滝本さんなら、すぐに新しい女性とご縁があると思いますよ」

「え、マジですか? 自分、けっこういい歳なんですけど、ホントにそう思いますか?」

「はい。近頃の女性は、同年代の若くて頼りない男性よりも、包容力のある年上の男性を好むと聞きます。そうですよね、灯美さん?」

「え」


 と、突然流れ弾が飛んできて、思わず硬直した灯美だったが、滝本の脂ぎった視線を感じて、とりあえず適当に「そうですね」と答えた。滝本はとたんに、「マジっすかー」と、ヘラヘラ笑った。


「そっか、まいったなあ。私のモテ期、実はまだ始まったばかりだったんですねえ」


 滝本はうれしそうに言うと、やがてウロマに礼を言って、カウンセリングルームを出て行った。


「せ、先生、今の人は……」

「彼は滝本順一さん。年齢は三十三歳。独身で、派遣社員をされている方です」

「三十三歳?」


 意外と若かった。見た目よりは。


「彼はここ最近、あるスナックに足しげく通って、そこの従業員の女性を口説いていたそうですが、先日、その女性が、他の常連のお客さんと結婚し、寿退社されたそうなのです。それで先週、失意のどん底でここにいらしたわけなのです」

「え、失恋ってそういう話だったんですか」


 そんなの恋でもなんでもない気がする。

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