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「先生、なんであんな言い方するんですか! あれじゃ、椿さん逃げるに決まってるじゃないですか!」


 萌花に逃げられた直後、灯美はさすがに叫ばずにはいられなかった。途中まではすごくいい感じだったのに、どうして最後にゴリ押しでダメにするのか。


「彼女を救うためにはああするしかなかったのです。しょせん、スマホなんてものは、尻が青い、くちばしが黄色い女子高生ごときが持つものではないのです。単なる道具に身も心も支配されちゃって、みっともないったらないのです」


 ウロマはむすっとした顔で言うと、錠菓を数粒一気に口に放り込んだ。


「先生は友達一人もいなさそうなおっさんだからわかんないでしょうけど、今時、女子高生はみんなスマホでメッセージのやりとりするんですよ。それを使うなってあんまりですよ」

「では、スマホがなかった時代は、女学生たちの交流はなかったと?」

「女学生って」


 何時代の話だ。


「でも、これからどうするんですか? 椿さん、あの調子じゃ、もうここには来ないだろうし、しゅうけいきょうふしょう?も治らないですよね。ほったらかしでいいんでしょうか」

「まあ、まだこれがありますし、なんとかなるんじゃないでしょうかねえ」


 ウロマは萌花のSNSが表示されている盗撮鏡タブレットを見て、なにやら意味ありげにつぶやく。いったいどういう意味だろう。灯美は首をかしげた。


 だが、それから数日後、彼女はその言葉の意味を理解した。気になって毎日一回はチェックしていた萌花のSNSへのコメントが、ある日、派手に荒れていたのだ。フォロワーたちの書き込みを見ると、萌花はどうやら、別名義のアカウント、裏アカでパパ活をやっていたらしく、それが第三者の告発によりバレたらしい。なお、パパ活とは、古くは援助交際とも呼ばれていたもので、ようするに売春のことである。


 やがて、荒れているのを確認してから数時間後、萌花のアカウントは削除されたようで、一切表示されなくなった。


 こんなことになるなんて、まさか……。


 もはや誰がこの騒動に火をつけたのか、灯美には明らかだった。その翌日、虚間鷹彦カウンセリングルームに行くや否や、その主の男に尋ねた。


「先生、椿さんのアカウントに何かしたでしょう」

「はて、何のことですかねえ?」


 ウロマの答えは実にしらじらしい。


「とぼけたって無駄ですよ。誰かが裏アカでパパ活やっていたのをばらしたから、椿さんはSNSをやめたんですよ。そんな悪意たっぷりのことをしでかすの、先生しかいないじゃないですか」

「それはどうですかねえ。椿さんのアカウントは本当にガードがゆるゆるで、誰でも気づきそうなものでしたけどね」

「いや、普通は誰がどんな裏アカ持ってるとか、気づかないです! おかしいです!」

「そうですか? たとえば、僕が彼女ともっとお近づきになりたいファンの一人だとすると、こう考えます。まず、彼女のようにSNSにどっぷりハマっている女子はたいてい裏アカを持っているので、それを通じてコンタクトをとれば、リアルでも会えちゃうかも、と。では、彼女は裏アカで何をやっているのでしょう? SNSの内容を見ると、彼女は美容整形手術に興味があり、すでにその費用を用意しているようです。しかし、どこかでアルバイトをしているような書き込みは一切ありません。変だな? 美容整形手術ってお金がかかるんじゃないかな? そう疑問に思ったところで、裏アカの存在が浮上します。ああ、もしかするとです。その裏アカで、いろんな人たちに援助をしてもらったから、お金をたくさん用意できたのかなーと、そういうふうに考えるわけなのです。誰でもね」

「いや、それ、先生が考えたことでしょう……」


 普通はそこまで深読みしない。するわけない。


「さて、そうやって彼女のパパ活疑惑に目覚めたファンの一人は、ならば、パパ活で女の子をあさっている側に回れば、彼女と接触できるのではと考え、住所や年齢、属性など、ほぼもえもえ限定のニッチな条件と、高額のパパ活報酬を提示したテキトーなアカウントを用意し、さっそくSNSでガールハントしました。するとあら不思議、あっというまにそれっぽいのが釣れちゃいましたよ。マネーの力ってすごい! なお、SNSで釣れなかったらパパ活専用マッチングサイトやアプリで探してみるつもりでした。そちらをあさる手間が省けてよかったなーと、ファンの一人は思いました」

「だからそれ、先生ですよね?」


 つか、何気にもえもえ言うな。きもい。


「彼女の裏アカは非公開設定でしたが、当然交渉する側ならそんなものは無意味です。勝手にむこうから解錠してくれるわけなのです。あとは、裏アカに投稿された内容を見て、そこにアップされた自撮りに写っている耳の形と、本アカにアップされた自撮りの耳の形が同一であると確認すれば特定完了です。なんせ、顔は身バレしないようにスタンプでマスクしていても、耳はそのまんまでしたからねー、と、ファンの一人は思ったわけなのです」

「み、耳の形って」


 ゲスい! 目の付け所が圧倒的にゲスい! 盲点過ぎる。


「さらに、この事実と、メッセージアプリでのやりとりなどもろもろの証拠を本アカでつきつけられて、もえもえがすぐに裏アカを削除したのが致命的でした。それはつまり、その裏アカが自分のものと認めた証拠に他ならないのですから。しかも、裏アカの内容はすべて、裏アカの存在を指摘したファンの一人が保存していました。裏アカ削除で、答え合わせ完了とばかりに、次々にパパ活の証拠を本アカにつきつけるファン。ブロックされてもブロックされても、新規のアカウントでパパ活の証拠をつきつけるファン。これもまた、もえもえに少しでも近づきたいがための行為だったんでしょうね……」

「なるほど、荒れた経緯はそんな感じなんですね」


 もはやただの犯罪の自供だ。そりゃ本アカを削除せざるを得ない。そんな粘着行為されたら、たまらん。


「いやあ、本当にSNSって怖いものですねえ。椿さんのような未成年の少女が、パパ活なんていかがわしいことをしているとは。醜形恐怖症で人に顔をさらすのが苦手なはずなのに、よくそんなことができたものです。きっと、何がなんでも美容整形手術をしたいという気持ちのほうが強かったのでしょうねえ。いじらしいことです」

「全然そんなこと思ってないくせに」


 自分でなにもかもぶちこわしてこの台詞は、ない。いくらなんでもない。


「しかし、これで椿さんはSNSをやめることができたのです。すぐにスマホを捨てることもできるでしょう。まさに、災い転じて福となす、ですね。よかったよかった」

「まあ、確かに」


 これだけSNSでいやな思いをすれば、さすがにもうやらないだろう。そして、おのずとスマホに触る機会も減るだろう。


「ただ、椿さんの名前で検索すると、無修正の顔写真とパパ活していたという事実がヒットするわけなんですが、これは彼女の将来に多少は響くのではないでしょうかねえ」

「そ、それは……」


 なんというイヤすぎる現実。


「まあ、しょうがないですね。身から出た錆というものです。彼女にはやはり、スマホもSNSも、早すぎたってことですねえ」


 と、実に楽しそうに笑いながら言うウロマだった。

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