６章　左目のプルートー

　深夜二時の車道。草木も眠る丑三つ時という時間に、突如、ギャゥ！という苦悶の鳴き声と、ドンという何かがぶつかる音、そして車のブレーキ音が響いた。

　そこは山を突き抜けて通る道路の、急カーブのところだった。あたりは当然真っ暗で、人気はいっさいなく、かろうじて街灯が、ブレーキ音を発して急停止した車を頼りなく照らしているだけだった。

　やがてすぐに、車の中から一人の男が出てきた。四十前後くらいの、スーツ姿の男だった。男はあたりの路面を見渡した。そこには何もなかった。ただ、近くのガードレールにわずかに血のような染みがついているのを発見しただけだった。その向こうは崖になっており、下に森が広がっているはずだった。

「そうか、ここから吹っ飛ばされて、下に落ちたのか……」

　男は震える手で額ににじんだ汗をぬぐった。そして、じりじりと後じさりしながら、車の中に戻った。

「あそこには何もなかった。俺は何も轢かなかったんだ……」

　何度も自分にそう言い聞かせながら、男は再びハンドルを握り、車を発進させた。

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