1 - 3
翌日、灯美はいつものように高校に登校した。朝、顔を合わせる限り、クラスメートの対応はきわめて普通だった。灯美が「おはよう」と声をかけると、みんな鸚鵡返しに同じ挨拶を返してきた。だが、それらの表情には、いくらか緊張したような、ぎこちなさがあった。彼女らはみな、灯美の肌を隠している手袋やマフラーをなるべく見ないように気を使っているようだった。
こんな体になってからいつもそうだ。クラス全体が、彼女に対してよそよそしい。まるで腫れ物にさわるような扱いだ。灯美はさわやかに晴れた朝だというのに、暗い気持ちになってきた。
だが、一人だけ、彼女に対する態度が違う女子生徒がいた。
「おはよー、灯美。相変わらず暑苦しい格好だねえ。冬を先取りしすぎだっての」
灯美のクラスメート、藤川あかねだった。やや小柄で、髪型はショートボブ、おとなしそうな外見の灯美とは違い、快活そうな雰囲気の少女だった。
「おはよう、あかね。あんたも相変わらずうるさいわね」
そんな彼女と言葉をかわして、灯美はとたんに気持ちが楽になった。今年で高校二年生になる灯美だったが、あかねとは一年のときから同じクラスで、なんでもよく話し合える仲だった。灯美が今の体質になっても、彼女だけは今までどおり接してくれた。気の置けない、親友と言ってよかった。
やがて、昼休みになり、二人は教室を出て、校舎裏の花壇の前のベンチで一緒に昼食をとった。二人がいつも昼食を食べる場所だった。
「あ、今日のお弁当もマジうまーい。灯美のお母さん、料理天才じゃね?」
と、あかねは自分のひざの上に置かれた弁当箱から次々におかずを口に放りながら言う。
「この肉とか、牛じゃん? ギューじゃん? 灯美、家では毎日こんないい肉食べてるの?」
「別に。あんなやつの作った料理なんて、私、食べないし」
灯美は学食で買ったサンドイッチをほおばりながら、どうでもよさそうに答えた。その反対側の手にはいちご牛乳のパックが握られていた。
「でも、ギューだよ? あたしの家じゃ、いつも鶏か豚なんですけど? ギューなんて、年に数回しか出ないんですけど!」
そのギューの肉を遠慮なくほおばりながら、あかねは早口でまくし立てる。その口から米粒が飛んでくる。
「灯美、なんでこんないい弁当、食べないの? 母の愛の手料理じゃん?」
「母の愛の手料理? 気持ち悪いこといわないでよ。あんなの赤の他人だもん」
「ふーん? まあ、おかげであたしは、毎日おいしいお弁当が食べられて、昼食代も浮くからいいんだけどさあ」
と、言葉とは裏腹に、あかねは何か物言いたげだった。
「とにかく、私はあの人が、家で母親面して居座ってるのが許せないの! 私のお母さんはこの世にたった一人だもん! あんな人じゃないもん!」
灯美はそう叫ぶと、いちご牛乳を勢いよくストローで喉に流し込んだ。そして、むせた。あかねは笑った。
そう、灯美の本当の母親は今から二年前に他界していた。そして、今一緒に暮らしているのは、父の再婚相手だった。再婚したのは今から一年前だ。灯美からしてみれば、たった一年で新しい母ができたのである。当然、すんなり許容できるものではなかった。さらに、半年前、急に父の転勤が決まり、単身赴任という形で別居することになって、その義理の母親と二人だけで暮らすことになった。灯美にとっては、居心地が悪いことこの上なかった。
「そりゃー、灯美の気持ちもわかるよ? でもさー、新ママはなんも悪くないじゃん? ただ子持ちの男と結婚しただけだし、灯美のために精一杯がんばってるっぽいじゃん? このお弁当とかさ。灯美もちょっとはデレてあげてもいいんじゃないの?」
「そんなのわたしは別に頼んでないもん。あいつが勝手にやってることだもん。きっと私の気持ちなんか全然考えてないんだわ」
灯美は頑固そのものだった。あんな女、誰が母親として認めてやるもんかという気持ちでいっぱいだった。
やがて昼食を食べ終えると、灯美はあかねから弁当箱を回収し「じゃ、私はこのまま早退するから」と言った。
「早退? なにそれ? まさか具合悪いの?」
「別に。これからあいつと病院に行かなくちゃいけないの。いつもの、この体の検査よ」
「ふーん? 新ママと仲良く一緒に病院かあ」
と、あかねはふとにやりと笑った。
「灯美って口ではあれこれ言ってるけど、意外と新ママのこと頼りにしてるんじゃないの?」
「ば、ばか言わないで! あくまでこの体を治すためよ! 本当はあいつと一緒になんて行きたいわけないじゃない! でも、あいつのツテでいい先生が見つかったっていうから、それで……」
「はは、いいって。そんなに顔真っ赤にして否定しなくても」
あかねはやはり笑うばかりだった。そして、ふいにしみじみとした感じでこう言った。
「灯美ってさ、見た目はいかにもお嬢様タイプの、大人っぽい美少女だけど、実際、中身は全然そうじゃないよね。なんか、めっちゃお子様メンタル」
「な、なによ、それ!」
「いや、別にあたしはバカにして言ってるわけじゃないよ? 灯美のそういうところ、すごくかわいいなーって」
「うそ。絶対ばかにしてるでしょ」
むっとした顔であかねをにらむと、灯美はそのまますたすたとその場を離れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます