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その後、彼女は家に帰り、母とともに少しはなれた大学病院に行った。だが、いつものように成果は何も得られなかった。いろいろ検査したあげく、医者はもはや皮膚移植しか治療法はないのでは、と言った。それは実に現実的ではない話だった。移植するとしたら全身の皮膚になるが、当然、金銭的にも肉体的にも負担はかなり大きいものになるはずだし、提供者がほいほい現れるとは考えられない。
だが、帰り道、母は灯美にこう言うではないか。
「皮膚移植ねえ。もしかして、私の余分な皮膚を灯美にあげられたりするのかしら?」
灯美はその発言にぎょっとした。
「なに言ってるのよ。そういうのは普通、死んだ人から提供されるものでしょ」
「あら、少しだけならそうでもないみたいよ? 生きている人から、背中とかおしりとかの部分の皮膚をちょっとだけ切り取って、違う人に移植することもあるんだって。前に、テレビでやってるの見たわ。火事でひどい火傷をした女の子の話だったかしら……」
「そんなの真に受けないでよ。ばかみたい。そういうのって、どうせ視聴者を感動させるためのでっちあげの作り話でしょ」
灯美は母のその思い付きが不愉快でたまらなくて、いっそう声を荒げた。自分の体の一部を差し出す提案なんて、いかにも献身的な母親ぶった発言だ。反吐が出る。
「やだ、まったくでたらめってことはないでしょう。テレビでやってるんだから。いまどき、科学的に間違ったことを番組で流したら、抗議の電話が殺到よ?」
母は灯美のいらだちなど、まったく気づいていない様子だった。灯美はますます苛立ちをつのらせた。
「うるさいわね! それが可能だからって、あんたから皮膚がもらえるわけないじゃない! そういうのは、普通、血のつながった家族同士でやるものでしょ! あんたは違うじゃない! 私とは赤の他人じゃない!」
「そ、それは、そうだけど――」
母はとたんに顔をひきつらせて、青ざめた。
「私、これから寄るところあるから。あんたは一人で帰れば?」
そんな母の表情に、さすがに灯美も一抹の気まずさを感じた。そう言い残すと、早足でその場を立ち去った。
しかし、母から逃げたところで、灯美に行くあてなどあるはずはなかった。しばらく、大学病院付近の、見慣れない町並みを一人でぶらぶら歩き回るだけだった。時間は午後四時すぎ。灯美の心中とは裏腹に、よく晴れたさわやかな日で、初秋の昼下がりのやや頼りない陽光が街路樹や建物を照らしていた。
だがやがて、灯美は電車に乗り、とある場所に向かった。一人で歩き回っているうちに、例の男の、例の言葉が思い出されてきたからだ。
そう、あの男は灯美の肌を一目見るなり、こう言ったのだ。これはそう深刻な状態でもないし、すぐ治せるものだ、と。
いかにもうさんくさい雰囲気の男だったし、そんな言葉を信用する理由はどこにもなかったが、もはや藁にもすがる気持ちだった。
だが、その男と出会った場所まで足を運んでも、あの古びたビルはどこにもなかった。その三階に、「ウロマ・カウンセリングルーム」とやらがあるはずなのだが。
どういうことだろう? 場所はあってるはずなのに……。
そこで灯美は、カバンの中に入れっぱなしだったあのポケットティッシュを取り出した。少し前に、駅前で配っていたものだった。そこにあの男のカウンセリングルームの広告の紙が入っていたはずだった。
だが、再度それを取り出し、見てみると、そんな広告はどこにもなかった。それは近くの美容室の割引券になっていた。そんなはず……ない。確かにこれには、あの胡散臭いカウンセリングルームの場所が書かれていたはずなのに。灯美はますますわけがわからなくなった。キツネにつままれたような気持ちってまさにこんな感じだろうか。
そういえば、あの変な人は、この部屋に来る資格がどうとか、言っていたような?
まさか、その資格とやらがないと、行けない場所ってこと? 会員制の、特別な客しか入れない場所で、普段は隠蔽されているとか……。
だが、そう考えたところで、ポケットティッシュの広告の紙まで違うものに変わっている理由だけは、まったくわからなかった。それは確かにずっと、灯美の通学用のかばんに入れっぱなしのものだったからだ。そもそも、会員制の秘密クラブのようなところの場所が、駅前で配っているティッシュに書かれていること自体、おかしいわけだし。
もしかして、私、あのときは幻覚でも見てたのかしら? 灯美は次第に、きのう、あの部屋を訪れたこと自体が疑わしくなってきた。よく思い出してみると、あそこにいたのは実に浮世離れした雰囲気の男だったし。言葉遣いもなんか変だったし。
だが、そう考えた矢先、灯美はその浮世離れした男の姿を目の当たりにした。
なんと、幻の存在であるはずのその男は、ごく普通にコンビニで何か買い物しているところだったのだ。昨日会った格好、すなわち白衣姿のまま。そして、ちょうど灯美はそのコンビニの前を通ったところだったというわけだった。
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