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「清川さん、彼が亡くなる前も、特に変わった様子はなかったのですか?」
「はい。少なくとも私には、いつもどおりに見えました。何か悩みを抱えている様子もなかったです」
「では、亡くなった日の朝、どういう理由で彼と口論をされていたのですか?」
「……本当にささいな、よくある口げんかだったんです、あれは」
小百合は重苦しくため息をついた。
「その前の日は日曜日だったのですが、ジミーは仕事で家にいなくて、私は一人で家の掃除をしていました。それで、リビングにある彼のコレクションのビデオテープの棚の拭き掃除もしたんですが、そのとき、ビデオテープを一つだけ棚にしまい忘れてしまったんです。そして、翌朝、リビングのソファの近くに落ちていたそれを彼が気づかずに踏んでしまって、どうしてこんなところにこれがあるんだ、と、怒られてしまって。はじめは、私も謝ったんですけど、だんだん感情的になってしまい、最終的に逆切れみたいな形になってしまって……。結局その日はそのまま、ジミーを家に残して会社に行ってしまいました」
「その後、彼は亡くなったのですね?」
「はい。下の階の人が、物音に気づいて最初に発見したそうなんですが、その日の十一時くらいに、ジミーはベランダから落ちて亡くなったそうです。パジャマ姿のまま。会社の昼休みに警察からその知らせを受けて、頭が真っ白になりました。まさかあれが彼との最後のやりとりになるなんて……」
小百合は口論していたことをひどく後悔しているようだった。
「なるほど。普通に考えると、それが自殺の原因になるとはとても思えませんね。警察の方にはちゃんと今の話をお伝えしたのですか?」
「もちろんです。でも、何が自殺の原因になるかは人それぞれだから、とか、口論になった際のあなたの言葉で彼はひどく傷ついたのかもしれない、とか言われて、あまり真剣にとりあってくれませんでした。私、そんなひどいことを言った覚えはないんですが」
「まあ、警察も色々仕事を抱えていて忙しいものですからね。自殺だと処理できるのなら、それでいいのでしょう」
「確かに、そういうのもなのかもしれませんが」
小百合はまるで納得していないという顔だった。
「口論があったという以外、何か自殺をにおわせるようなものはなかったのですか? たとえば遺書のような?」
「私が探した範囲ではなかったです」
「では、彼が亡くなる直前に多額の借金をしていたり、高額の生命保険に加入してたりは?」
「どちらもないです」
「仕事や人間関係で、何か大きなトラブルを抱えていたりは?」
「それもなかったと思います。お葬式の日に、ジミーの友人や仕事仲間の人たちと顔を合わせましたが、みなさん、彼が亡くなったことをひどく悲しんでいるようでした。自殺したのが信じられない、とも」
「なるほど。清川さんだけではなく、他の方たちもヒロセさんの自殺はありえないとお考えなのですね」
話を聞けば聞くほど、灯美にも自殺と処理されたのがおかしく感じられた。それでいいのか日本の警察。
「あの、先生。ここまで話しておいてなんですけど、こういう相談ってこちらでよかったんでしょうか? やっぱり弁護士さんとか、興信所とか、そっち向きの話でしょうか?」
「はは、気になさらないでください。あなたがここに来られたということは、僕向きの案件に違いないということですよ」
「は、はあ?」
「まあ、僕はあくまでカウンセラーですから、そんなにたいしたことはできません。やれそうなことは、せいぜい、亡くなる直前のヒロセさんが本当に自殺するような精神状態だったかどうか、調べてみることぐらいでしょうか」
「そんなことできるんですか。お願いします、ぜひやってください!」
小百合は藁にもすがる気持ちのようだった。
「では、何か、ヒロセさんが亡くなる直前に書いた文章はありますか。できれば量が多いほうがいいです」
「あ、だったら、私とのメッセージのやりとりが」
小百合は携えていたかばんからスマホを取り出し、いじり始めた。灯美が首を伸ばしてその画面を覗き込むと、メッセージアプリのトーク履歴を表示させているようだった。英語と日本語のひらがなが入り混じったカオスなログだ。
「お二人のプライベートなやり取りを、僕が見てもよいのですか?」
「ええ。たいした内容でもありませんし」
小百合はそのまま自分のスマホをウロマに手渡した。ウロマはすぐにその画面をスライドさせてログを読み始めた。
やがて、
「これらを読むと、ヒロセさんはSNSをやられていたようですが、そちらも見ていいですか?」
と、小百合に尋ね、彼女が「はい」と答えるや否や、ブラウザのブックマークからジェームズのSNSにアクセスした。つぶやき系ではなく、写真見せびらかし系のSNSだ。投稿されているのは、日常の何気ない風景ばかりで、ジェームズ本人と思われる長身で引き締まった体格の、金髪碧眼の白人男性が、日本人男性数人と楽しげに食事している写真などがあった。
「……なるほど。確かにヒロセさんは、自殺をするような精神状態にあったとは思えませんね」
やがて、スマホを小百合に返しながらウロマは言った。
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