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「せ、整形で顔がきれいになるならそれでいいじゃない! 何が心の病気よ! そんなのは整形反対派がでっちあげたウソっぱちでしょ!」
「いいえ、話はそう単純ではないのです。一週間前にもお話しましたが、美容整形手術は誰でも理想の顔を手に入れられる魔法ではないのですからね。醜形恐怖症の患者は、美容整形手術を受けて顔を少し変えたぐらいでは、到底納得しません。結果、何度も何度も手術を受けることになり、経済的に疲弊します。また、何をやっても自分が醜いという思い込みから抜け出せないため、他人に容姿を晒すのを避けるようになります。たとえば、外出するさいは、帽子にサングラスにマスクといった重装備で、それが使えない学校のようなところには顔をださなくなり、家に引きこもりになりがちになるという感じです」
「う……」
まさに今の自分そのままではないか。
「この病気の根底にあるのは、歪んだ、偏った『理想の自分像』です。もう中年といっていい年齢なのに、若さを取り戻そうと美容整形手術を繰り返す人なんて、まさにこれです。老化による外見の変化というのは誰でもいやなものですが、たいていはみんなそういうものだと受け入れるものです。ところが、醜形恐怖症の中年の人の頭の中には、若いころの自分の姿があり、それこそが『理想の自分像』だという強い思い込みがあるのです。それはまさに歪んでいるといっていいでしょう。今の科学技術では何をやっても人間を若返らせることはできないのです。ないものねだりもいいところなのです」
「わ、私は中年じゃないもの! その話は関係ないでしょ!」
「いえ、大いに関係があります。あなたも歪んだ『理想の自分像』をお持ちです。ここに」
ウロマは盗撮鏡タブレットを再び操作し、そこに萌花のSNSのアカウントを表示した。そのヘッダーにはやはり、萌花の盛りに盛った自撮り写真があった。
「何度も何度も言いますが、この顔は修正が行き過ぎていて、まるで宇宙人のようです。こんな顔になりたいと本気で願っているのなら、誰でも心の病気を疑わざるを得ないでしょう。ねえ、灯美さん?」
「え」
と、急に話題を振られた灯美はぎょっとしたようだったが、
「まあ、そうですね。この顔はいくらなんでもやりすぎですね……」
あっさり萌花を心の病気認定してしまった。同い年の元同級生にまでそう言われるとはさすがにショックだった。うさんくさい白衣の男に言われるのとはダメージが違いすぎる。
「な、なんで、文崎さん? この顔すごくかわいいじゃん!」
「かわいくないよ。変だよ。元の椿さんのほうがずっといいよ」
「うそ!」
自分がいままで追求していたかわいさとは一体なんだったのか。ショックすぎて硬直する萌花だった。
「だ、だって、私ってばきもい細目だもん。ありえないぶさ顔だもん。大きい目のほうが絶対かわいいに決まってる……。き、決まってるんだもん……」
もはや精神の限界だ。萌花は涙ぐみ始めた。
「椿さん、感情的になる前に、よく思い出して考えてみてください。あなたのその『自分の顔が醜い』というとらわれがいつ始まったのかを」
「いつって?」
「少なくとも中学生のころまでは、顔について深く悩むことなく普通に生活できていたのでしょう? こちらの灯美さんから聞きましたが、中学生のころのあなたは、特に不登校がちだったということはなかったそうですし」
「だって、そのころはまだ――」
スマホを持ってなかったから。自分の顔が醜いと気づいてなかったから――って、あれ? もしかして、そんなの気づかなければもっと楽に生きられた、私? そこでようやく、自分が何かおかしいと気づいた萌花だった。
「おそらく、あなたが顔について悩み始めたのは、スマホをご両親に買ってもらってからでしょう。あなたの個人情報だだもれSNSによると、高校に進学してまもなくのことですね。それで、すぐに自撮りをはじめて、自分のちょっとしたコンプレックスを画像修正で消せることに気づき、自撮りを盛ることに夢中になった。そして、次第にその盛った顔こそが、理想の自分であり、現実の自分の顔は醜いという気持ちになっていた……違いますか?」
「は、はい……全部そのとおりです」
なにこの男。何から何までドンピシャで気持ち悪い。
「では、やはりあなたは新型の醜形恐怖症、すなわち、自撮りを修正し続けることで発症する、スナップチャット醜形恐怖症に違いないでしょう。自撮りの修正の繰り返しによって歪んだ『理想の自分像』を心の中に持ってしまい、ありのままの自分の顔を受け入れることができなくなった。これはもう、立派な心の病気ですよ」
「は、はあ……」
さすがにここまで色々説明されると、理屈だけはなんとなく理解できた。あくまで理屈だけは。
「でも私、心の病気だって言われても全然実感なくて……」
「まあ、心の病気なんてそんなもんですよ。ほとんどの人は自覚はないし、心の病気ですよとこちらが説明すると、たいていは顔を真っ赤にして、そんなわけがないと叫ぶものです。ねえ、灯美さん?」
「そ、そうですね……」
灯美は気まずそうにウロマから目をそらした。何かあったのだろうか。
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