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「なるほど。灯美さんの気持ちはよくわかりました。ところで、この病院、かなり大きいですよね? 入り口のところに案内図があったんですが、見ましたか?」
「……なによ、突然?」
「いや、僕がそれを見たところ、ここにはこの救急外来処置室のほかに、集中治療室ってのが別にあるみたいなんですよね。本当に命に関わるような大怪我をした人が運ばれてきたとして、どっちに搬送するのが適切なんでしょうね?」
「え――」
つまり、救急外来処置室に運び込まれた母の怪我の具合は……。
「はは。灯美さん、よっぽど取り乱していたようですね。涙の無駄遣いです。格好悪いですねえ」
ウロマはにやりと笑った。
と、直後、処置室の扉が開き、中から医師と看護師たちが出てきた。灯美はすぐにそちらに駆け寄った。
「あの……お母さんは?」
「ああ、文崎さんのご家族の方ですね。ご心配要りませんよ。命に別状はありません。脳震盪を起こして意識を失われていただけのようです。あとは、肩や腰に軽い打ち身といったところですね」
「ほ、本当ですか!」
よかった。本当によかった。灯美は安堵のあまり、また涙がこみあげてきた。
母はすぐに処置室から病室のほうに移された。灯美はずっと母に寄り添い、その目覚めを待った。ウロマはいつの間にかどこかへ去っていたようだった。
やがて、夜も更けたころ、母は目を開けた。
「あら、灯美――」
「お母さん!」
母と目が合ったとたん、灯美は感極まって、覆いかぶさるようにその体に抱きついた。
「ごめんなさい! 私のせいでこんなことになっちゃって――」
「え? え?」
起き抜けにいきなり抱きつかれ、謝られて、母は困惑しきった様子だった。
「それより、灯美。あなたのほうは大丈夫だったの?」
「うん。私、なんともないよ。大丈夫。あのとき、お母さんが助けてくれたおかげね」
灯美は顔を上げ、母に向かってにっこりと微笑んだ。はずみで涙がぽろりと目じりからこぼれた。
「大丈夫って、あなた……肌の色は?」
「え?」
「やだ、どうしたの。もうすっかりきれいな色に戻ってるじゃないの」
母は手を伸ばし、灯美の頬をやさしく撫でた。そして、とてもうれしそうに笑った。まるで自分のことのように。
「あ、そっか……」
そういえば、色が変わっていたっけ。今の今まで、そのことはすっかり意識の彼方だった灯美だった。母に指摘されて、思わずきょとんとしてしまった。見ると確かに肌の色は戻っているようだ……。そんな彼女の反応に、母はまた笑った。
それから灯美は、母に、今まで自分がどれだけひどいことをしてきたか、謝罪し、心のうちをありのままに打ち明けた。話しながら、また涙がこぼれてきた。
母は灯美が全てを話し終えるまで、何も言わなかった。穏やかな顔で、彼女の言葉にじっと耳を傾けていた。
やがて最後に、灯美は母に深く頭を下げ、言った。
「お願い、お母さん! これからも私と一緒にいて! 遠くに行かないで!」
母の答えは早かった。彼女は灯美の手をぎゅっと握ると、「じゃあ、そうするわ」と、言った。実にやさしく、朗らかに笑いながら。
「私、てっきり灯美は私のこと嫌ってると思ってたのよ。だから、別々に暮らしたほうがいいのかなって。そのほうが灯美のためになるんじゃないかって……。本当はそう思っていたなら、もっと早くに言いなさいよ。素直じゃないわね」
「ご、ごめんなさい……」
「いいのよ。ちゃんと正直に言えたんだから、許してあげる」
母は灯美の頭をやさしく撫でた。その仕草は、母というよりは、少し歳の離れた姉のように感じられた。灯美はとたんに胸が熱くなり、また泣き出してしまった。
「ねえ、灯美。もしよかったら、これから少しずつでも、あなたの亡くなったお母さんについて、話してくれないかしら?」
「え?」
「思うに、私はやっぱり、死んだ誰かの、あなたの大切な人の代わりになれるとは思えないの。でもね、あなたの中にある悲しい気持ちを少しやわらげることぐらいはできるんじゃないかって。だから、聞きたいの。あなたと、あなたのお母さんとの思い出を。そして、そうやって、少しずつ、お互いの距離を縮めていけたらいいなって思うのよ。……だめかしら?」
「ううん、そんなこと……ない!」
その言葉で、灯美ははっと気づいた。今目の前いにいる、新しい母を家族として受け入れるということは、死んだ母との思い出を失うということではないという事実に。
「そう……。ありがとう。これからもよろしくね、灯美」
「うん!」
灯美は母の胸に抱きついた。
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