取り戻すために

第40話 (空くん、誰のための行動でも、きっとそれは空くんのための行動にもなるんだよ)

 井上さんさんが去ったあと、思い出したようにダイチが現れた。というか、生き返った。


「おはようダイチ」

「ハッ⁉ 俺は何を⁉」


 パッと起き上がったダイチは、腹部を抑えてながら地面に座り込んでいた。


「この辺がなんかイタイ……」

「ダイチくんおはよ!」


 ダイチを殺した(?)本人は、なんでもなさそうに笑顔を振りまく。

 単純なダイチは「おはようハナちゃん!」と鼻を伸ばしながら挨拶を交わす。


「空、それでそれで、美人でかわいい女の子はいつ来るんだ⁉」

「あ、それなら帰ったぞ」

「ん? よく聞こえなかった」

「いや、だからもう帰った」

「よしわかったもう一度聞こう。かわいい女の子はいつ来るんだ?」

「井上さん、話し終わったらすぐ帰ったよ。ダイチが死んでる間に」

「聞こえない……聞こえない……!」


 と言いながら耳を塞ぐダイチ。

 しばらく石像のように固まっていたが、「はぁあああああ⁉」と言いながら立ち上がった。


「なんで! どうして! 起こしてくれなかったんだ! 俺はこんなにも楽しみにしていたのにいいい! この、人でなし! バカ! 空のばかぁああああ―!」


 ダイチは泣き虫な漫画のヒロインみたいに、公園の隅の方へ走っていった。そして座り、草をイジリ始める。いじけているポーズをしていた。

 慰めるのも面倒くさいので、そのままにしておく。きっとダイチなら次の日にはケロッとしてるだろう。

(美人お姉さんに五百回振られた男は違うよね)

 自分で言うか? と思ったが何も間違ってないから特に反論はない。


「そらくん、答えは見つかった?」


 ハナの疑問に、俺は「ああ」と答える。

 ユズが生まれた理由。俺が望んだもの。

 初めて高校の校舎を見たとき……いや、もっと前からだろうか。俺は不安が大きかった。

 ハナたちが消えるのが嫌で、今までずっと誰とも関わらずに過ごしてきた。

 けど、俺はどこかで憧れていた。教室の中心で笑顔を振りまくクラスメイトに。

 絶対に届かない世界だと思っていて、けれど心の奥ではそうなりたいと思っていて。

 ユズが現れたのは、そうだな。

 空想の世界から現実の世界へ引っ張ってくれるような、そんな人物が欲しかったから。

 あー……違う。少しだけ違う。


 ――空想の世界に住む俺でも、現実の世界と関わりを持つ自信を手にしていいのだと、認めたかったから。


 だから、ユズが現実ではないと知って、その自信は一気に堕落した。

 俺は耐えられなくて、現実でない現実を現実にしたくなくて、ユズを消してしまった。


 ユズがいなくなったのは、ユズのためじゃなくて俺のためだったんだ。

 それが悪いことではないし、むしろイマフレとしては、合っている。イマジナリーフレンドは、全部が自分中心だ。


 だけど、それでも俺は、ユズがユズのために消えたとしないのならば、この状況がユズのためにならないのならば、今の状況は間違っていると思っている。


 ユズの寝顔が素敵だった。ユズの笑顔が素敵だった。不謹慎だけど、ユズの泣き顔が素敵だった。


 そして、何よりも思い浮かぶのは、ハナの顔だった。


 ユズと会えないと知ったハナの顔は、俺が絶対に見たくない悲しい顔で。

 ハナがユズのことを話すとき、ユズに話しかけるときの顔は、俺が一生みていたい笑顔だった。

 森子さんから受け取った俺が目指したいひとつの生き方。


 大切な人を、笑顔にすること。


 幼いころに俺を助けてくれて、それ以降も何度も励ましてくれて、触れられないのに、頭を撫でてくれて。

 ハナが俺にとってどんなに大切で、どんなに笑顔にしたい人なのか、そんなのわかりきっていることだ。

 もちろんそれは、イマジナリーフレンド全員に言えることでもある。


 俺は自分自身にためよりももっと強く深いところで、

 ハナのために生きたいって、

 自分を幸せにしてくれたイマジナリーフレンドのために生きたいって、

 大切な大切な友達を笑顔にするために生きたいって、

 そう決めていたはずなんだ。


 ようやく、気が付いた。

 俺の心の分身で、だけどそれぞれが一人の人間で、そんなイマジナリーフレンドを、俺のために生まれてきてくれたイマジナリーフレンドを、今度は俺が救いたい。


 はは、おかしいな、これ。もとは俺自身なのに。


 つまり俺は、俺じゃない友達を救いたいと言っておきながら、俺自身を救いたいとも言ってるんだ。

 矛盾だし、色々こんがらがるし、正直自分でも何が言いたいのかわかっていない。

(いいんだよ。空くんがしたいようにすれば、それが誰のためであれ、きっと空くんのもやもやを晴らしてくれるはずだよ)

 ……まったく。ウミ姉はいつもそうやって俺を導いてくれる。いいお姉さんだよな、ほんと。

(えっへん。だって私は、空くんのために生まれたんだもの。当たり前でしょ?)

 おう。そうだな。当たり前だ。

 ユズが生まれた理由は、俺が現実の世界に手を伸ばしてもいいと、自分自身で認めるため。

 現実と関わっていいという自信さえ手に入れれば……そうすれば、俺はユズを取り戻せるかもしれない。


「俺は、俺自身の都合で消してしまったユズを、強引にでも取り戻して見せる」


「そっか。そらくんならできる。そらくんならきっと、できるよ」


 ハナはいつもより落ち着いた声で、だけど俺を応援するようにはっきりとした心強い声で、そう言った。

 ユズを取り戻す。そのためにはまず――。


「ウミ姉、LINEってどうやって使うんだ?」


(さあ? 立夏ちゃんに聞いておけばよかったね。もしかして空くん、LINE使ったことないの? そっか、そうだよね。かわいそうな人生を送ってきたんだもんんね……)

 煽るな。俺が知らないってことはウミ姉も知らないってことなんだからな。

 まあ、なんとかなるだろ。たぶん。

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