第35話 (空くんは最高……じゃなかった最悪のタイミングでうっかりをしちゃうよね)
「ねね、りっかちゃん、タピオカ屋いかない?」
「――昨日食べたじゃん。どんだけいくのアンタは」
「いーじゃんいいじゃん! 新しくできた店、気になるっしょ!」
「――へいへい。アンタが太ってもいいなら行く」
「ちょっ! りっかちゃん、それ言わない約束ー!」
向かい側で、二人の女子が歩いていた。たぶん俺と同じ高校生くらいだろう。
タピオカ屋に行こうと言った女子はフリフリのパステルカラーの洋服に身を纏っていて、冷たくあしらっているようで頬が緩んでいる女子は真逆の黒や白を基準としたシンプルな洋服を着ていた。
相反する二人を見て、俺はユズと星川さんみたいだな。と思ってしまった。
あの二人が友達になったら、あんな感じなのだろうか?
すれ違いそうになったとき、突然、フリフリの女子に声をかけられた。
「あ! すみませーん、この辺の人ですかー?」
不意を突かれて、俺はしばらく黙ってしまった。
……いきなり声をかけるとは誰も思わないだろ。
(もう、現実慣れしてないなぁ。空くん、生身の女子高生見て興奮するようじゃ紳士にはなれないよ? あ、女子高生になりたいんだっけ。
「うるせえほっとけ」
いつまで引っ張るんだそれ。
「え……?」
――あ!
しばらく一人で考え事をする時間が長かったからか、ウミ姉の声に反応してしまっていた。
声をかけてきたフリフリの女子は、困惑を隠さずに目を泳がせていた。
「う、うちなんか失礼なこと言っちゃいましたか?」
「い、いや、違くて……あー、今のは、気にしないで――」
言いだしてから、もう一人のほうと目が合った。
「……」
白黒の子は、なんだか知らないが俺を凝視している。まるで、何かを探るように。
「なんだぁー、よかったあ!」
フリフリ女子は、まるで体中の空気をすべて抜くように、大きく息を吐いて全身で安心した様子を表す。感情表現が大きいな……。
「あ、そうそう、この辺にタピオカのお店があったと思うんですけどぉー、どこだかわかりますか?」
「ああ、それなら――」
俺はタピオカ屋までの道のりを丁寧に説明した。
今どきの高校生なら、スマホとかで調べればいいものを、わざわざ見知らぬ通りすがりに声をかけるなんて、きっとリア充だな。
「ありがとーございまーす! いこいこ、りっかちゃん」
「あー、うん」
りっか……? どこかで聞いたような名前だ。
すれ違う寸前になって、俺は反射的に声を発していた。
「井上立夏さん……?」
立夏。
消えてしまった雪菜さんの、イマジナリーフレンド。
雪菜さんの代わりに、雪菜さんとして生きることになった、別人格。
そんなことあるはずがない。
たまたますれ違った人が、たまたま話を聞いていた人物なんて、確率的に低いだろう。りっかという名前だって、別に特別珍しい名前にも思えない。
そもそも彼女は〈ゆきな〉ではなく〈りっか〉と呼ばれていた。
だから、つい口に出してしまったとはいえ、何事もなくすれ違うだけだと思っていた。
しかし、俺の言葉に二人は振り向いた。りっかと呼ばれていた白黒の女子は、目をぱちくりさせている。
「あり? りっかちゃんのともだちー?」
「全然知らないけど」
フリフリ女子の問いかけに、即答で答える。明らかに不審がっている。
やっぱり彼女は、井上立夏さんなのか。
「ちょっと先行ってて。迷うなよ」
そう言われたフリフリ女子は、不思議そうにしながらも「はーい!」と危なっかしい足取りでタピオカ屋の方へ向かった。
「どこかで会いました?」
突き刺すような視線。俺は軽く身震いがした。
星川さんが鋭い視線を放つことは多いが、それは芯のある性格から来ているようで、こちらは敵対心や警戒心から来ているように思う。さっきの友達らしきフリフリ女子にはもう少し穏やかな表情をしていたはずだ。
「ごめん急に。ちょっと、人に聞いただけで」
言いながら、どうして立夏さんはわざわざ友達を先に行かせたのだろう……と疑問が浮かんできた。
確かに俺は名前を呼んだが、それだけだ。不審がってもスルーすることはできたはず。
俺が理由を話したら、適当に受け流して終わらせることもできたはず。
まさかストーカーとか思われた? 警察に通報するとか脅される……?
「あたしのこと知ってるんなら聞きたいんだけどさ、君、さっき誰と話してた?」
立夏さんは俺が人から聞いたと言ってもさほど驚いている様子もなかった。それどころか、話を続ける気のようだ。
「さっきって……?」
「ほら、あたしの友達? が話しかけたとき」
どうして友達が疑問系なんだよ。
てか、やっぱり聞かれてたのか。……まあ、うん。立夏さんになら話してもいいかもしれない。立夏さんが、星川さんが言っていた井上さんなら。
(立夏ちゃんなら、空くんの今の悩みにも、何か答えが出せるんじゃないかな)
そう、かもな。
これも、何かの縁かもしれない。というかそうとしか思えない。
彼女になら――。
「イマジナリーフレンドと、話してたんだ」
俺は、隠さず正直に言ってみた。
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