第36話 (空くんは隠し事下手くそ……じゃなくて、正直な性格なんだよね)

 

 イマジナリーフレンドと話していた……なんて、イマフレを知らない奴に言えば、「何なんだこいつ」って反応されるかもしれない。隠さず過ごせば、それだけ周りの視線を集める。でも、相手は当事者だ。隠す必要もない。


「やっぱりIF持ちか」


 ほとんど確信していたのだろう。立夏さんの目には驚きの色はなかった。


「そらくん、IFってなに?」


 ハナは聞き覚えのない文字列に純粋な疑問を抱いている。

 イマジナリーフレンドのことだ、って言ってくれ。ウミ姉。

(別に私を通さなくてもいいんじゃないかな?)

 それはそうかもしれないけど……なんか、立夏さんの前だと、な。

(さっきは思いっきり人前で話してたのに)

 うるせえ。あれは無意識だ。


「あたしのこと、誰に聞いた? つっても、大体目星はついてんだけど」


 なぁウミ姉、これって言ってもいいやつ?

 星川さんによれば立夏さんって相当星川さんのこと嫌ってたっぽいが。

(目星がついてるって言ってるから、気がついてるんじゃない? 星川ちゃんが話したこと)

 そうか。んーでも、その目星が勘違いで星川さんじゃない場合があるじゃないか。

(空くんみたいなイマフレ持ちに積極的に話をしてくるのは星川さんくらいだと思うけどなぁ)

 まあ確かに、星川さんはそれくらい覚悟の上で話したのかもしれないしな。

 でもさすがに、勝手に星川さんの名前を出すのはどうかと思うからな……。


「人と話してるときにこそこそと会話すんな」

「は、はい?」


 いきなりなんの話だ?


「気づいてないかもしれないけど、相当間があったから。口開くまでさ」


 まさか、ウミ姉と話してるのがバレたのか……?

 確かに、ついウミ姉と話すのが癖になっているせいか、相手を待たせていることに全く気がついていなかった。今までも何回かあっただろうか……。


「で、誰?」

「それは……」

「星」

「――っ」


 思わず声にならない声を出してしまう。星と言われただけなのに。

(空くんは隠し事が苦手なタイプだよね)

 そんなことねえよ。たまたまだ。


「やっぱり星川か」


 ボソッと、立夏さんは呟いた。

 その目は怒りとか憎しみというよりも、呆れたような、諦めたような、無感情なものに見える。

 てっきり「勝手に話しやがってアイツ!」みたいな、敵意むき出しの表情をするかと思ったが、そうではなかった。少なくとも星川さんの話ではそういうイメージだったが。


「何その以外そうな目。星川が何を話したかは知らないけど、もうあたしには関係ないことだから。今更あんなやつに感情をぶつ蹴るほど子供じゃない」


 立夏さんは、まるでどうでもいいように話す。

 いや、実際にこの人にとっては、どうでもいいのだろう。

 いじめた側は忘れていていじめられた側は忘れられないという話があるが、二人の場合は真逆のようだ。


「あー、立夏さん」

「井上でいいよ」

「……井上さん」


 名字呼びの後に名前でいいよ、ならわかるが、俺が無理矢理名前で呼ぼうとしてるのが伝わったのか、井上さんはそう言ってきた。


「相談いいですか」


 つい、敬語になってしまったのを後悔しながら、俺は井上さんの目を見て言う。


「無理」


 しかし、井上さんは首を横に振った。


「このあと友達? と約束あるから。てか見てたじゃん」

「あ、ああ……そうだったな」


 今こうしている間も、友達を待たせているかもしれない。少し俺は、焦ってしまっていた。


「だから、それが終わったら。……近くの公園でいいや。あの変あったはず」


 井上さんは、スマホを取り出して地図アプリを開いた。スマホを扱う手付きが早い。


「ん」


 そう言って画面に指差し俺に見せてきたのは、ダイチがいるブランコ公園だった。


「いいのか……?」


 無言だ。まあつまりそこで待っていろ、ということだろう。小走りでタピオカ店の方に向かっていった。


 ……なんというか、色々衝撃的だった。


 言葉遣いこそ刺々しているものの、井上さんは案外何事もなく過ごしていた。

 勝手な想像でこう考えるのも失礼だが、ずっと一人で、孤独に生きているものだと思っていた。

 だから俺は、少し不安になった。

 いつかユズがいない世界を、ハナたちがいない世界を、何事もなく過ごす日がくるのだろうか……と。

(今はともかく、ブランコ公園に行こうか。暗いことばかり考えてたら人生楽しくないよ?)

 それもそうだな。


「今から公園いくの? 早くいこいこ!」


 隣のポニーテールをみると、不思議と暗い気持ちは消えていった。

 やっぱり俺の幼馴染はすごい。そこにいるだけで元気を与えてくれるんだ。


「あ、そうだそらくん、IFってなに?」

「あー、ハナのことまた無視したみたいになっちゃったな……すまん。イマジナリーフレンドのことだ」

「そうなんだ! じゃあ、あのりっかちゃんって女の子、空くんと同じなの?」

「いや、どちらかというと、ハナたちと同じ……」


 そこまで言って、俺は言葉を詰まらせた。

 今の井上さんは、今の状況をどんなふうに思っているのだろうか。

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