第46話 (空くんと付き合えば、ダイチくんも諦めてくれるかな。……え、嘘だよ。何でまんざらでもなさそうなの?)

「おっしゃあー!」

「やりましたっ……!」


 ダイチが手放した空想のバスケットボールが、滑らかな曲線を辿って空想のゴールに入った。そんなダイチと共にハイタッチをするユズ。

 おかしいぞ? こんなことになるはずはなかったんだが……。

 ……勝負が決まってしまった。


「残念だったね、そらくん!」

「途中まではよかったんだけどな……。っていうかなんでそんなにうれしそうなんだよハナは。――はっ! まさか負けたことにも気づいていない……?」

「むっ。気づいてるよ! そんな馬鹿じゃないもんっ!」


 不機嫌そうに頬を膨らませるハナをみて、ついつい頭を撫でたくなる。無理だけど。

 なんでハナってこんなに怒ってる表情がかわいいのだろうか。


「だって、楽しいんだもん。バスケはダイチくんとそらくんと何度かやったことがあるけどね、ユズちゃんを加えてのバスケはもっと楽しい!」

「……そうだな。一人増えるだけでも楽しいよ」


 ユズがもう一度友達になった翌日。学校が終わってすぐに公園に向かった。さすがに昨日は色々あってダイチと軽く話しただけだが、その際にみんなでバスケしようという話になったのだ。

 おかしいな……。

 ダイチに負けるのはわかる。あいつ俺がハナと二人で勝負するときもだいたい勝つしな。けどユズはなんだ? 俺の想像では運動音痴だったのだが。そもそも色々ドジりそうな性格と見た目してるだろ? なんで普通に点決めてるんだ? 動きも早いし本当に俺のイマジナリーフレンドか?

(空くん、どんまい)

 ウミ姉それどういう感情で言ってる?


「そらくん、わたしユズちゃんと話してくるね! 話したいことまだまだたくさんあるんだ!」

「ああ。まあ、そんな急がなくてもユズはもう消えたりしないけどな」

「えへへ、そーだね!」


 ハナはユズのもとへ駆け寄っていった。代わりにダイチがやってきた。


「いやー楽しかったな! 空、今んとこ女子二人に運動神経で負けてるぞー?」


 にやにやとオレの顔を見るな。意気消沈してるのがバレるだろ。

 ダイチは今回は何もしなかったよな。親友としてありがたい言葉とかくれたらよかったのに。女の子女の子言ってただけじゃねえか。

(ユズちゃんに対しては普通の女の子でいいって言ってたのに、空くんは欲しがりだね。本当はダイチくんのことも感謝してるはずなのに。本当にツンデレだなぁ)


 よしウミ姉、静かにしようか。

 ……まあ確かに、上手く言えないけど、ダイチは俺にとって必要な存在だ。そりゃあ、女子二人に比べたら影が薄くなるけど。公園にしか現れないし。


「おい空! ウミ姉からお前が俺のことを影薄いって言ったと聞いたぞ!」


 おい、音速でダイチに伝えるのやめろ。ウミ姉って本当に余計なことしかしないな……。


「違うから。この先の言葉が大事だから聞け」

「……お、おう?」

「いつもハナと仲良くしてくれてありがとな。きっと俺だけじゃ、ハナを笑顔にするには力不足だったから感謝してるんだよ。これからはユズともたまに遊んでくれ」

「お、お前……! ほ、ほほほ本当に空かっ⁉」


 ダイチは顔を真っ赤にしながら後退る。照れるな。乙女かよ。


「まあもちろん、俺はハナちゃんやユズちゃんのために自分らしく元気を与えたいと思ってる! ちなみに、ウミ姉のこともいつか恋人にするために頑張ってるぞっ! 結婚まで考えている!」


 ダイチは胸を張って言った。自分らしくって言うあたり、ダイチらしいよな。

(空くん、私のことに関してはこの人を諦めさせてほしいんだけど……)

 ダイチを諦めさせるって、そんなことができたら真夏でも雪が降るぞ。

(じゃあ私がダイチくんと付き合うって言ったら?)

 地球が滅亡するな。

(……ダイチくんが元気を与えてる人は、ユズちゃんやハナちゃんだけじゃないと思うけどね)

 何のことだろうな。ああ、ウミ姉のことか。ウミ姉もなんだかんだダイチのこと好きだもんな。

(もう、本当にツンデレだね空くんは)


「空さん……!」


 ついダイチの話で盛り上がってしまったところで、ユズが俺の名前を呼んで駆け寄ってきた。

 その声は今まで聞いたことがないほど弾んでいる。スポーツでハイになっているのか、ハナみたいに足を弾ませてぴょんぴょんしている。


「あのっ、友達とスポーツするの夢だったのでとても楽しかったですっ! 今度はサッカーもやってみたいなーって、思って」


 少しずつ声が小さくなっていくユズの顔は、ちょっとだけ恥ずかしそうだ。

 ユズ、意外にスポーツ少女だった。


「もちろん、これから何度だってできる。サッカーも明日辺りにやるか」

「っはい!」


 もうユズは、大丈夫そうだな。

 一時はどうなるかと思ったが、ちゃんと戻ってきてくれて、よかった。


「随分と清々しい顔してるじゃん」


 突然後ろから声をかけられて、俺は振り返った。そこには井上さんがいた。


「お、脅かすなよ……」

「だって夢中だったから、あんた」

「ま、まさか見てたのか⁉」

「いや、今通りかかっただけだから安心してよ。てか慌てすぎっ」


 井上さんはおかしそうに笑う。

 そりゃ慌てるだろ。井上さんからみたら俺は一人で走り回ってるわけで……。知り合いに見られるのは恥ずかしいに決まっている。


「何を恥ずかしがるんだか。あんたは友達と遊んでただけっしょ」


 呆れるように、なんでもないように井上さんは言う。


「……まあ、そうだな。本当に俺の周りは、頭が正常な奴がいないな」


 星川さんも、井上さんも、普通は引いてもおかしくないところで、全く動じない。星川さんは俺のイマフレと話そうとしてくれたし、井上さんも当然のようにイマフレを肯定してくれる。俺は出会いに恵まれているんだと、しみじみ思う。


「まあ、あんたの運動神経は笑えたけど」

「見てたのかよっ!」


 こいつさらっと嘘つきやがったぞ! 何が今通りかかっただけだ!

 俺にとって一番恥ずかしいことは、運動神経の悪さを晒してることだったのかもしれない。


「ていうか、会ったな。もう会うことはないって言ってたのにさ」

「まーね。けど、冗談なしにもう当分会わないと思うけど。あたし、家こっちじゃないから」

「そうなのか? じゃあなんでこっちに来てたんだ?」


 俺が聞くと、井上さんはため息をつきながら言う。


「フリ子がタピオカ好きだからさ。あんたと会った土曜日はその付き添いで行っただけ。この町のタピオカ屋が話題だったからさ。というか、流行が遅れてんのあの子。一年前に流行ったギャグとか今知ってゲラゲラ笑うし、それこそタピオカみたいな女子高生の流行も乗り遅れて今更ってタイミングでハマるし、ぴえんすら知らないとかありえないし、まあそのうちあたしらが忘れたころに使ってくるんだろうけど――」

「井上さんめちゃくちゃ好きだな、フリ子さんのこと」


 たぶんフリ子さんって高校でできた友達だよな。随分と仲良くなったようで、微笑ましい。


「なっ。え、ば、ばか、違う」


(お? これはレア顔では? 顔真っ赤にして取り乱してるよ。え、かわいい)


 ウミ姉、純粋にキュンとするんじゃない。まあ確かに、今までに見せない表情でかわいいけど。


「そういえば、フリ子さんって井上さんのこと……」


 俺が気を使って話題を変えると、井上さんはめちゃくちゃ睨んできた。

 けれど、一呼吸おいてから、また呆れるように言う。


「立夏で、名前を変更したから。知らないでしょ。ちゃんとした理由があれば市役所で名前が変更できるって」

「……は? そうなのか?」


 そんなことが可能なのか。てっきり名前って一生変えられないものだと思ってたぞ。


「ま、そういうことだから。高校からできた知り合いはあたしが雪菜だったことを知らないわけ。井上立夏として生きてるから、色々と雪菜のことは忘れることができるの。それがいいことかは、あたしもわからないけど」


 雪菜さんの名前が出てくる時点で、忘れていないのがまるわかりだ。それでも井上さんは、自分らしくいようと頑張っているんだろう。雪菜さんの意思を継いで、生きていこうと。


「井上立夏さん、がんばれよ」

「あんたもがんばれよ。日向空」


 返ってきたその声は、心なしかあたたかくて、優しい声色だった。








 ところで、土曜日のことはともかく、今日ここにいる理由を聞かなかったんだが。フリ子さんとも一緒じゃなかったし。

(わかんないかなー空くんは。あれこそツンデレってやつだよ)

 まさか、俺の様子を見にきただけとか……? まさか、な。


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