エピローグ
家に帰ってすぐ、俺は部屋のベッドへ飛び込んだ。別に寝るわけじゃない。
スマホを取り出し、LINEのトーク画面を開く。追加した友達は一人しかいないので、もちろん星川さんだ。
(思っていて悲しくない?)
LINEの友達の数が俺の友達の数じゃないから。悲しくないから。絶対に悲しくないから。
(繰り返されると悲しさが一層伝わるよ)
「……よし。ユズ、星川さんと話そう」
ウミ姉の声は聞こえなかったことにして、星川さんからの返信に安堵した俺は、すぐ隣にやってきたゆずに声をかける。
「は、はい! で、でも、どんなお話をしたらいいのでしょうか……?」
「そんなの何でもいいだろ。別にただの雑談なんだし、そんなに改まる必要ないからな」
「そうでした……! が、がんばります!」
うん。俺の言葉伝わってないな?
(それにしても、星川さんはよく協力してくれたね)
ああ。そのことか。ユズを助けるために、俺の友達になってくれた。
星川さんを利用するようで本当に申し訳なかったんだが……。
(お互い様でしょ? 星川さんは罪滅ぼしのために、空くんと関わろうとしてくれたのだから)
そう、だな。結局お互い、自分のためになってしまったわけだ。
これからでいい。偽善やエゴのための関係から始まったとしても、友達になったことは変わりないからな。
「友達って、そういう曖昧でよくわからないものだと思うからさ、どんな形でもいいと思うんだよ」
「えっと……? はい、そうですね!」
ウミ姉に話したつもりが、声に出して言ってしまった。
けど、俺の言葉はユズにも伝わったようで、ユズの緊張感は少しほぐれたようだった。
「空さん、お願いします!」
俺は覚悟が決まったユズの顔を見て、前にノートで会話した時のように意識をユズにもっていく。自分の意識はあるのに他人の意識とごっちゃになるのって、毎回思うけど不思議な状態だよな。これ。
俺はユズと星川さんのやり取りを、傍観する。
『こんばんは、ユズちゃん』
【こんばんは! えっと、星川さん!】
『ゆずでいい……っていいたいところだけど、同じ名前だからややこしいわね』
【その、それはえっと、ごめんなさい……】
『笑笑』
『別にそんなつもりでいったつもりはないから安心して? 同じ名前っていうのも親近感沸くし』
『私はうれしいかな』
【そうなんですか?】
『もちろん』
【私も、星川さんと同じ名前……うれしいです】
【えっと、その、雑談って何を話したらいいんでしょうか?】
『ユズちゃんは、何が好き? まずはそういうのから知りたい。そっから話を広げましょ』
【私の好きなもの……ですか? ええと、女子高生? リア充?】
『そうだったわね……』
【あ、ほかにもありました!】
『ほか? タピオカとか?』
【あ、ええと、お花です。園芸委員会入りたいなあとか、思ってたくらいで。ハナさんとも今日お話ししたんですけど、お花が好きらしくて盛り上がったんです。学校の中庭、窓から見るととてもきれいなんですよ!】
『ああ、中庭の花ね。私もたまに意味もなく眺めてる』
『今度日向くんと一緒に行く?』
『休み時間にでも行きましょう』
【え、いいんですか⁉ その、迷惑じゃ……】
『そんなこと考えないの。全然迷惑なんて思わないし、私から誘ってるんだから』
【そ、そうですよね。ありがとうございます。楽しみです!】
それから星川さんとユズの会話は一時間近く続いた。
イマジナリーフレンドと現実の人間は、文字の世界でなら関わることができる。それが本当の意味で証明された。そんな風に感じた時間だった。
* * *
「そっらくん!」
星川さんとの会話が終わると、超上機嫌なハナが俺の名前を呼ぶ。
俺がベッドの右側に座り場所を確保すると、ちょこんと座った。
「おお、ハナ。どうした?」
「今度、みんなでタピオカ屋行くよ! 星川さんと、ユズちゃんと、そらくんとウミ姉と、わたしで!」
「そうだな。……なんだかどんどん予定が増えていくな」
「そらくんはうれしくないの?」
「んなわけあるか! めちゃめちゃうれしいし楽しい!」
ユズと星川さん。この二人と友達になっただけなのに、俺の視界は広く広く、広がっていく。次はこんなことがしたい。その次はあんなことをしよう。そんな風に、やりたいことが日を重ねるたびに増えていくのだ。
「そらくん、わたし、寂しかったのかも。公園に行かないとダイチくんとは遊べないし、ウミ姉とは心の中でしかお話できないし。だからね、本当の意味でいつも一緒にいてくれるユズちゃんが現れて、うれしかったんだ。もちろん、二人とお話するのもたのしいけどね!」
ハナは恥ずかしそうにほころばせた顔を隠しながら、言葉をつなげる。
「ねえそらくん。ユズちゃんを産み出したのって、わたしのためだったりする……?」
俺の顔を除くように頭を傾けるハナを見て、俺の心音が騒がしくなるのを感じた。
ハナの表情は少しだけ不安げで、少しだけ期待するような、そんなどっちつかずの感情を表している。
「そんなわけないだろ。けど、ハナが楽しそうでなによりだよ」
「えへへ! これからもっと楽しくなりそうだよね。だってまだ新学期は始まったばかりだもん!」
「これからもよろしくな。ハナ」
「そらくん急に改まってどうしたのー? ずっとよろしくしてるよぉ!」
「ま、新しい一年だし、一応言っておかないとって思ってさ」
ユズが現れたのは半分くらい、ハナのためだったと思っている。俺はいつだってハナのことを見ていたし、だから少し寂しそうにしているのもわかっていた。もちろんそれは、俺自身が寂しいという感情を持っていたのも確かだ。だけど、俺が現実と関わりたいって思うのと同じくらい、ハナを笑顔にしたい、ハナを元気にしたい。そんな思いが一つになってユズが生まれたんじゃないか。と、思う。
だから、どことなくハナと気が合うユズが作り出されたんだと思う。
だけど俺は、それを本人には言わないことにした。ハナなら気づいているかもしれないけど、まあいい。
ユズが俺のために生まれてきてくれたことには違いないからな。
(そらくんはいつだってハナちゃんのためでしょ? 私が生まれたのも、ダイチくんがうまれたのも、全部自分と、大好きな幼馴染のため。素敵だね。一途って)
そうだな。やっぱり俺は、ハナのことがずっと好きみたいだ。ずっと、笑顔でいてほしいって思ってるみたいだ。
今、目の前で満面の笑みを零す幼馴染の頭を撫でるように、俺は手を伸ばした。
その手はふさふさのポニーテールには決して届かない。
――だけど気持ちは、穏やかで、晴れやかだった。
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