2章 この恋の先は

プロローグ

 ここはどこだろうか。

 俺はゆらゆらとした曖昧な意識の中、夢を見ているようだった。夢を見ている、と自覚できるのなら、これは明晰夢なのだろうか……。


 意識がはっきりとしてきたところであたりを見渡すと、頭上には空が広がっていた。

 昼間のような澄んだ青い空と、夜中のキラキラとした星空が交互にやってきて、まるで朝と夜を何度も繰り返しているかのようだ。

 自分の立っている位置を確認する。

 終わりの見えない広い広い大地の上に、ぽつんと立っている。大地には綺麗な花がいくつも咲いていた。

 少し歩くと、あれほど広いと思っていた大地の終わりが見え、今度こそどこまでも続いていそうな深い海にたどり着いた。


「素敵なところでしょう?」

「っ!」


 海を見つめていると、急に声がした。思わず後ろを振り返る。

 そこには、白いワンピースに麦わら帽子を被った、黒髪の女性が立っている。

 後ろ髪は膝のあたりまで伸びていて、微かに透明な色を纏っていた。……彼女の姿は所々が透けているようで。それでも圧倒的な存在感を放つ彼女に俺は目を奪われる。

 顔は、見えない。声も聴いたことがない。


「誰だ?」

「人はどうして、自分にはないものに憧れるのかしら。不思議ね」

「は?」 


 この人は話を聞いているのだろうか。いや、これは所詮夢だ。聞いているとか聞いていないとか、考えるだけ無駄か。

 

「空君、あなたは色々な子を作り出してきたでしょう。自分にはない者を持つあの子たちを」

「……イマフレのことか? というか、お前もイマフレだろ?」

「わからないでしょう? 私たちが綺麗なもの、美しいもの、可憐なものに惹かれ合う理由」


 相変わらず俺の言葉は無視だ。届いていないのかもしれない。


「私たちが自分にない者に興味を持って、目を惹いて、そこに立ち止まってしまう理由。それはね」


 白いワンピースの女性は、微笑んだ。ように見えた。顔が見えないから確かめようがないけれど、そんな風に感じた。


「――いつか消えるからよ」


 ……胸が、悲鳴を上げるように痛い。なんでかはわからない。この痛みは、この感覚は。


「いつか消えてしまうから、その儚さに恋をするの。その一瞬の煌めきを、心に焼き付けたいと思うの」


 苦しい。聞きたくない。怖い。見たくない。目を逸らしたい。忘れたい。やめてくれ。


「空君は、いつまでこのままでいられると思っているのかしら?」


 ずしりと、音がした。


「あなたが一番大切にしなくちゃいけないもの。それはイマジナリーフレンドじゃない。――あなたの未来よ」


 白いワンピースの女性が優しく、だけど冷たさの残った声色で言う。

 ……急に、はっきりとしていた意識が遠のく。夢の目覚めだろうか。

 意識が曖昧になっていく中、彼女の声だけははっきりと聞こえた。



 綺麗な花は、華麗な海は、美しい大地は、輝く星は、いつかあなたの前から姿を消す。

 いつまでもこのままでいれば、あなたの進む未来は、ただ一人。ぽつんとそこに立っているだけ。

 眩しくなるほどに青い青い空が、ただそこに広がっているだけ。

 花なんてどこにもない。海も見えない。大地も広がっていない。星も見えない。

 ただ、ただ青い空の中彷徨うだけ。


 君がたどり着くのは、そういうミライ。


 名もないイマジナリーフレンドから、忠告よ?


 イマジナリーフレンドとの恋は、やめなさい。


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イマジナリー・ラブコメ ぐみねこ @gumineko

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