第43話 (ユズちゃん、今から私たちが、あなたを迎えに行くよ)
◆◆◆ 星川ユズ ◆◆◆
ふと気が付くと、私は曖昧な意識の中にいました。
(あー、あー。聞こえるかな?)
……声?
あなたは誰……ですか?
あれ? 私……は……。
(私は雨ヶ崎海。名字は飾りみたいなものだから、ウミ姉って呼んでね。たぶん空くんが私のことは紹介してたと思うけど、会うのは初めてかな。初めまして、ウミ姉です。……あなたは、ユズ。星川ユズちゃん。覚えてるかな?)
星川……ユズ……。
そう、でした。私は、星川ユズです。
偽物の、星川ユズ……でした。
次々と、記憶が降ってきます。
空さんと初めて会ったとき、空さんとタピオカ屋に言ったとき、空さんに別れを告げたとき……。
全部、空さんとの思い出。
空さんのいない記憶は、私の中には何一つ、ありません。
ウミ姉さん、どうして……どうして私は、消えていないんですか。
私ははっきりと、空さんに別れを告げました。もう空さんには会いたくないと。そんな意味を込めて言いました。
なのにどうして、私はここにいるんですか?
……ここ? ここって、どこですか? 今は……。
(ここは、教室だよ。月曜日の、夕方)
私は、意識を外へ向けます。
外には、オレンジ色に染まる空が見えました。
教室の中には、二人の人影が見えます。
空さんと、ハナさん。
私はなんとなく、二人から目を逸らしてしまいました。あわせる顔がありません。
「ユズ。聞いてくれ」
空さんの声が聞こえます。私は、目を逸したまま耳を傾けます。
「ごめん。俺はユズが消えることを望んだ。だからユズは俺のために、別れを告げたんだよな」
……そんなの、わかりません。
私には、自分の気持ちなんてないですから。全部、空さんとつながっていますから。空さんが言うならその通りなのでしょう。
でも、だからどうしたのですか。空さんの望み通り私は消えたのに、どうしてまだ私は存在してるのですか。
「俺、思い出したんだよ。高校入学前に見た、夢を」
夢……?
どうして急に、夢の話に……。
「そこには、クラスの中心に女の子がいた。顔は靄がかかっていて見えなかったし、名前も聞き取れなかった。だけどあれは、ユズだった。ユズが楽しそうに話すたびにクラスメイトは幸せそうに笑って、ユズが呼べばみんなが集まってくる。そんな優しくてあたたかい世界だった」
空さんが見た、夢の話。
それは、私が生まれる前にみたものだというのに、なんだか私の記憶にも、うっすらと残っているようでした。
だけど空さんの認識と、私の認識はどこか違うように思います。
私は、幸せそうに笑っていたでしょうか? あの世界は、優しくてあたたかい世界だったのでしょうか?
夢の中の世界は、私が中心のあの世界は、何かが足りない世界でしかなかった。
なぜなのかなんてわかりません。だから、その何かを知るために私はリア充になろうとしていたのかもしれないです。だけど結局、夢は結局、叶わない夢になってしまいました。
「ユズはあの時、俺に手を伸ばしてくれた。俺はそれを掴めなかった。怖くて」
空さんは、静かに笑いました。
「バカだよ。現実の世界が怖いって思うのは。……自分と繋がっていない世界に繋がろうとするのが怖いなんて、いつから思うようになったんだろうな。少なくともハナがイマフレと発覚するまではそんなこと一ミリも思っていなかった」
だったら私はもっとバカです。現実の世界も、空想の世界も、怖いという思いしかないから。
誰にも認識されない現実と、いつ消えるかもわからない空想。その中に私が存在している意味なんて、ないと思うのです。空さんはハナさんともウミ姉さんともダイチさんとも仲良くやっていて……現実の世界が怖くても、私なんて必要ないほど幸せに過ごしていると思うのです。だから――。
(違うよユズちゃん。ユズちゃんはちっとも無駄じゃない。必要なんだよ。今の空くんには)
私が、現実の女の子『役』だったことはわかります。実際には違っても、私は確かに星川さんに出会うまで、自分のことを現実の人間だと思ってましたから。だから、空さんと関わって、なんとか現実に近づいて、空さんを安心させようとした。
だけど、無理だった。余計に空さんを苦しませるだけだった。
「もう現実の人間でなくなった私に、空さんは何を求めているんですか。もう私は、要らないはずです」
空さんにとって、私は現実だった。それが無くなった今、なんでもない、ただの女の子です。それだけです。そんな私に、何を求めているんですか。
空さんをこんなに振り回して、私はどうしてまだ、存在しているんですか。
「私なんて、生まれてこなければ――」
「何かを求めてるとか、意味がないだとか、そういうのじゃないんだ。俺が今、ユズを呼んだ理由は、そんな理由じゃない」
空さんは強く、力のこもった声で、私の心に直接語りかけるようにし、言いました。
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