誰よりも近い友達

第21話 (空くん、お願い。私たちの声を聞いて)

「星川さんって、メイクしてるよね? すごくかわいい! 私にも教えてっ!」

「うちにも教えてほしいなあ」


 隣の席に座る彼女は、ホームルームで自己紹介をしてから、休み時間の間、次々とクラスメイトから話しかけられているようだった。


「別にいいけど、メイクの仕方は人によって合う合わないがあるから、あんまり参考にならないわよ。あと、人がいるところは好きじゃないの。悪いけど、一人ずつ話しかけてほしいわ」

「ああ、ごめんね! そうだよね! こんなにいっぱい話しかけてきたら答えられないよねっ!」


 クールで、決して人当たりがいいわけではないが、それでも柔らかい態度で接する彼女に、男子も女子も好感を持っているようだった。


「…………」


 俺には、そんな急に出てきたクラスメイトよりも、その隣に立ってうつむいている友達が気になっていた。

 昨日まで、俺の隣の席に座っていたはずの少女。ユズ。

 座る場所がなくて、何もすることができないまま、立っている。


「どうしたの?」


 俺が黙って突っ立っているユズを見ていると、隣の彼女と目が合ってしまった。


「あ、いや……なんでもない」

「そう……?」


 そう言うと、特に気にすることもなく、前を向く。


    * * *


「あー、この問題わかる人ー」

「はい」


 隣から声が聞こえる。凛として透き通った自信のある声が。

 隣人は黒板の前に立つと、俺には理解できない数式をスラスラと描いていく。


「完璧だな。星川」


 彼女が自分の席に戻る間も、クラスメイトはヒソヒソと歓喜の声をあげる。


「かっこいいよゆずちゃん」

「美人で頭もいいとか、どこのお嬢様なんだ……。星川さんは」


 星川、ゆず、星川、ゆず、星川……。

 クラスメイトは、みんな俺の隣に座っている少女を、星川ゆずと言って、注目している。

 違う。星川ゆずは、あんな、完璧な少女なんかじゃない。

 不器用で、だけど一生懸命で、守りたくなるような笑顔の持ち主、俺はそんな星川ゆずしか知らない!

(空くん、落ち着いて、気持ちはわかるけど……)

 うるせえよウミ姉。

 俺が話しかけてほしくないときは出てくるなって言っただろ。

(でも、このままじゃ空くん……)

 とにかく、放課後ユズと話そう。

 ユズはちゃんといるって、言わないと。


    * * *


 昼休みになり、俺が購買のパンを買って教室に入ろうとすると、入りづらい状況になっていた。


「昨日のひなたくん? あの人おかしかったよね。私たち何も悪くないのに、急に怒り出すんだもん」

「いやいや、あの子入学した時から変だったじゃん。一人で急に話し出すしさ……。まじで幽霊でも見えてるんかね。星川さんも、変なこと言われたら言ってね?」


 話しているのは、俺の前の席と、その隣の女子。

 ヒムカイだ。よく知りもしないのに、陰口なんて、笑えるな。

 違うだろ……? あいつらがユズのことを無視したんだ。俺の独り言なんかじゃない。ユズはちゃんと、現実にいる。俺の妄想なんかじゃないっ……。


「そらくん!」


 だってユズは、あんなにも楽しそうに友達を作りたいって言ってたじゃないか。

 ユズならできるって、俺も言った。

 だから大丈夫。俺は誰よりも、自分の友達を信じている。


「そ……くん……! 聞こ……ないの……?」


 俺は堂々と入っていいんだ。何を言われても気にするな。


「ヒムカイソラ君のこと? 陰で言うんだったら、直接言ったほうがいいと思うけ

ど。何か理由があるかもしれないじゃん。だったら全然変じゃないでしょ?」


 弁当を食べる手をやめ、俺の席の隣人は、そんなことを言った。

 まっすぐ目の前の彼女たちの目を見て。

 ……なんだよあいつ。俺のこと、変じゃないって。変なやつにも程があるだろ。それに、名前も……。


「入ってこないの? 日向くん」


 教室の入り口付近で突っ立ていると、不意に隣人に呼ばれた。


「いや、ちょっとぼーっとしてて」


 一言言い訳をして、俺は自分の席に着く。

 俺のことを色々言っていた女子たちは、慌てて前をむいた。


「……ありがとな」


 とりあえず、感謝は伝えておこうと思った。


「なんのこと? 感謝されるようなことはしてないけど」


 しらばっくれる隣の女子は、何もなかったかのように弁当を食べ始めた。

 俺も、それ以上は彼女の方を見ず、無言でパンを食べることにした。

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