第16話 (空くんとタピオカ……あんまり似合わないね。あ、ごめんごめん怒らないで?)
俺が注文して先に席に座っていると、満面の笑みでタピオカミルクティーを持ってやってきたユズが、向かいの席に座った。
数十分前の泣き顔なんて嘘のように、頬を緩ませてタピオカを眺めている。
めちゃめちゃわかりやすい顔だな。
「えへへ。空さん、連れて行ってくれてありがとうございます」
「いや、教室では何もできなかったからさ。すまん」
「いえいえ! そ、その、空さんはちゃんと、私のことをかばってくれました。すごく勇気がいることだと思うんです。私のためにありがとうございます」
そういって首やら腕やらをわたわたと動かすユズを見て、少しばかり責任を感じていた俺の心は、いつの間にか和らいでいた。
「私、空さんみたいなお友達ができて……うれしいです」
(上目遣い×キラキラ目×ピュアハート×大きなお胸! さて日向空の反応は⁉)
――ぐはっ!
(クリティカール! さすが二つの膨らみ。侮れないですね。さあさあ、次はどんな攻撃がくるのでしょうか。解説のウミ姉さん、お願いします。はい解説のウミ姉で)
「あー! うるせえっ!」
「え、え? あ、あの、ごめんなさい……」
「あー違う違う! ユズじゃなくてだな! ウミ姉が!」
俺は身を乗り出してユズの誤解を解こうと立ち上がる。
「――ふばっ!」
立ち上がるとどうなるだろうか。
俺の目線の位置が高くなり、彼女の位置はそのままである。
よって俺は、ユズを上から見下ろす形になってしまったため、制服の間からチラリと覗く中身に視線が入りそうになってしまい、慌てて一八〇度方向転換をした。
(つまりブラが見えそうになったんだね。あ、それとも生のお胸かな?)
なんでわざわざ伏せたのに訂正してくるんだこいつ。
変な声が出たのもあって、周りの客ほぼ全員から不審な目でみられる始末。
店員すらも、ものすごく怪しげな目で見ていた。早く帰れって言われているかのような不審な目にさらされて、俺は今こんな気持ちだ。
早く帰りたい。
(まだ一口も飲んでないよ? がんばれ空くん)
くそっ! この鬼姉!
「ごめん。なんか取り乱して」
ほとんどウミ姉のせいだからな……。
(私のおかげで空くんは楽しそうだね)
脳内で会話してるはずなのに会話が嚙み合わない。なぜだろう。
俺はおとなしく席に座った。周りからの視線がまだ痛い。いつまでコソコソ見てるんだよ。
「いえいえ、空さんも大変なんですね」
「大変っていうか、まあ、もう慣れたな」
俺は言いながら、思わず笑ってしまう。
こんなにいじめられておきながら、ウミ姉のことを受け入れているのは俺自身だ。自分でも不思議なくらい、ウミ姉との関係は居心地が悪くはない。
普段はふざけているけど、結構いいお姉さんなんだよな、ウミ姉は。
(…………)
黙るなよ。
(だ、黙ってないよ)
ごめん。照れてるウミ姉、かわいいと思ってしまった。
(はいはい。照れてる照れてる。私は超ちょろヒロインです)
開き直りやがった。ついでに自分のことヒロイン扱いにしやがった。
(それより、せっかく買ったタピオカミルクティー、飲まないと冷めちゃうよ)
ホットじゃねえから。アイスミルクティーだから。
まあウミ姉の言う通り、ここに来た理由はタピオカだ。ミルクティーを飲みに来たんだ。
「あー、飲むか」
「そ、そうですね。緊張しますっ」
ただのミルクティーでこんなに目を輝かせるとは。相当重症なJKリスペクト少女だな。
そんなJK初心者は、通常より太めのストローに口をつけ、一気に吸い込む。
このままだと女子高生を眺めてるだけの変質者なので、俺も飲んでみる。
まろやかで甘いミルクティーが口に広がっていく中、ストローから口の中へ、二粒ほどのツルっとした何かが入ってきた。噛んでみるともっちりとした食感がした。これがタピオカか。
テレビとかでみる限りだと、黒くて不気味だな……とか、おいしくはなさそうだな……とか思っていたが。
いざ食べてみると、思ったよりうまい?
これがタピオカの味なのかミルクティーの味なのかはわからないが、変な味など一切しない。ミルクティーと餅みたいな食感が上手く絡み合っていて……うん、おいしい。
「……っ! ん! んんんんっ!《訳:おいしいっ!》」
歓喜の声が聞こえたので、俺は向かいの席をみる。
そこには片手を頬に当てながら、もう一方の手でミルクティーを持っているユズがいた。
まるで高いレストランでステーキを食べた時のような表情。これ、ただのミルクティーと黒い塊だぞ。おいしいのはわかるけど、普通そこまで幸せそうになるか?
(ハナちゃんみたいとか、考えてるんでしょ)
はあ? ハナとユズじゃ、性格が全然…………いや、似てるかも。
ハナも食べ物はおいしそうに食べるし、他人の言うことにいつでも素直だ。
まあ、ハナは本当に食べ物を食べることはできないが、小さいころから俺の真似をしてよく森子さんの作ったおやつを食べては、顔をほころばせていたものだ。俺がおいしいと思ったものは、当然ハナもおいしいと感じてくれるから、会話が弾むんだよな。
ハナとユズか。まあ、ウミ姉に似てなければみんな素直でいいやつだと思う。
(うんうん、私のことをディスってもちょっと前に聞いた誉め言葉はずっとこの頭に残ってるから、ダメージゼロだよ?)
別に思ったままを思ってるだけなんだから誉めてもディスってもいねえよ。
「空さん空さん、おいしいですよ!」
俺がちょっとウミ姉と話しているうちに、ユズはもう器の半分以上飲んでいた。
「ああ、めちゃくちゃおいしい。それはわかるけど、興奮しすぎじゃ……」
「だってっ、だってっ、おいしいんですもん! もちもちしていてぷにぷにしていて、食感がたまらないんです! 毎日飲んでもいいくらいですよっ」
「それはさすがに太るぞ」
夢中でタピオカを吸い込んでいた口がストローから離れ、ピタッと止まった。
「お、女の子にその言葉は禁句です……」
恥ずかしそうに睨むユズを見て、俺は思った。
この子、めちゃくちゃかわいい。間違いない。
(うむ。素直でよろしい)
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