第17話 (空くんと制服デート……。羨ましいとか思ってないよ?)

 俺はタピオカ屋から出ると、学校とは真逆の方向に歩き出す。


「あ、あの、空さん、これからどこに……?」

「知らん」

「え⁉ じゃあどうして歩いてるんですか?」


 そう言いながらも、ユズは俺にぴったりとついてくる。ユズも今更学校に戻るという選択肢はないようだ。


「今日のこと、まだ考えてるんだろ? タピオカを飲んでるときは幸せそうだったけど、まだ表情が曇ってる」

「う、うそ……。本当ですか?」


 ユズは頬に手を当て、自分の表情を確認する。指先に涙の雫がついていた。まだ、そう簡単には割り切れないのだろう。

 現実が嫌になってしまったのなら、一時的な現実逃避はいい手段だ。

 現実逃避なんて言い方をすれば、ユズはついてきてくれなくなるかもしれない。だから俺は、別の言葉で言い換えた。


「ユズ、始まったばかりの高校生を満喫する気はないか?」

「せ、制服で町をぶらぶら……ということでしょうか?」

「そうだ」

「すごい……すごくJKっぽいです! ちょっといけない女子高生みたいで素敵ですっ!」


 興奮するユズの表情は、さっきよりも生き生きとしていた。JKのことになると、本当に楽しそうになるな。ユズはこうして笑っているべきだ。

 ユズには、学校でのショックよりも印象に残る楽しい時間を過ごしてもらいたい。

 それで、もう一度人と向き合ってほしいんだ。ユズがずっと一人なんて、やっぱり腑に落ちない。彼女は、教室の真ん中で笑顔を振りまくような、そんな存在になってほしい。

 入学初日に見た夢を思い出しながら、俺は目的もなく歩き続けた。


「こういうのを、せい、制服デデデートと言うのでしょうか……」

「――なっ!」


 赤面して俯くユズに、俺は必死で「そういうつもりじゃないからな⁉」と訴えるのであった。

(もう、少しは男らしいと思った私の気持ちを返してほしいなあ)


    * * *


「空さん見てください! こっちにもクレープです! あ、あっちにも!」

「ま、待てよ! はぐれるだろ!」


 はしゃぎすぎだ……。というかクレープ屋どれだけあるんだよ……。

 俺は仕方なくユズを追いかける。

(まさか原宿の竹下通りまで来るとはね)

 まあ、東京はそう遠くない距離だしな……。電車賃、ユズの分も払おうとしたが、断られてしまった。やっぱりユズってお金持ちなのだろうか。

 それにしても、平日の竹下通りにも学生はいるんだな。もちろん休日に比べれば少ないのだろうが。


「ユズ、クレープ食べるのか?」

「あ、いえ……さっきタピオカミルクティーを飲んだばかりなので……が、我慢です」


 ああ、まさかカロリーを気にしているのか? 

 ユズは別にそんなに気にする体系でもないのに、不思議だな。

(女の子に太るぞ。と言ったのは誰かな。空なんとかくんって名前だった気がする)

 ウミ姉、それツッコミしたほうがいいのか?


「雑貨屋を見てもいいですか? その、買うかはわからないですけど、見るだけでも楽しいですし!」

「ああ。俺も一人じゃなかなかこないからな。もう少しこの通りを見てみたい」

「えへへ。そうですね!」


 ユズとあれこれ話をしながら雑貨や服を見ている間、視線が気になった。

 なんとなく、視線を集めている気がするような。

(女の子物の雑貨とか服をじろじろ見てればねー)

 ぐっ……。確かに、ユズがいるとはいえ俺には入りづらい店ばかりだな……。一人で歩いていたら絶対に不審者みたいな動きになったに違いないな。


「空さん? どうしましたか?」

「いいや。ユズと来てよかったな……と思ってな」

「え、え? そ、そそ、それは! その、私もでし! うぅ、噛みました……」


 何をそんなに焦っているのか。

 俺はいつの間にか笑っていた。

 ユズといると、ハナといるときみたいに自然と笑みがこぼれる。


 ――楽しいな。


 現実と関わらない。そう考えていた俺の心は、少しずつ変わっていくように感じた。

 このサボりという名の現実逃避が、俺にとっては現実と向き合うことになるなんてな。不思議なものだ。


「最後にクレープでも食べて帰るか」

「え、でも……」

「ユズ、あんな冗談真に受けるなよ。今日くらい甘いもの食べても平気だ。ここまで来るのに歩いたしな」

「そうですね……。それなですよね! 確かにせっかく竹下通りに来たのにクレープを食べないなんてもったいないです! あ、一応言いますけど、自分で注文するのでお気遣いなくです!」

「少しぐらい奢らせてくれてもいいんだが」

「いえいえ! 私がそうしたいんです。いつもありがとうございます」


 まったく。頑固なところもあるんだよな。

 けどまあ、本人がそうしたいとはっきり言っているのなら、それでいいか。



 俺たちは、今日の昼のことを忘れるように、始まったばかりの高校生の時間を大切に、大切に過ごした。


 曇っていたユズの表情は、帰る頃にはキラキラと輝いているように見えた。

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