第18話 (空くんのたった一人の家族、とてもいい人だよね)
家の中に入ると、リビングから掃除機を持った祖母、森子さんがやってきた。掃除中だったらしい。
「ただいま、森子さん」
「おかえり。ちょっと話があるんだけど、いいかい」
「え? っあ! ああ」
忘れていた。俺は今日学校をさぼってしまったのだ。午後の授業を抜けてしまっていた。
自宅に連絡が入っていないはずもない。
明日は先生に色々問われるだろうが、仮病でなんとかごまかそう。
「夕飯できてるから座ってなさい」
「ああ」
近すぎず遠すぎず。
それが俺と森子さんの関係だ。俺にとってはこの関係が一番心地がいい。
周りから見たら冷たいと思われるかもしれないが、甘やかしたり監禁したりと、極端な両親に育てられた俺だから、森子さんは関わり方をしっかり考えてくれているのだろう。
俺はリビングに入り、テーブルに並べられたハンバーグを見ながら椅子に座る。少ししてから、掃除を終わらせた森子さんが向かいの席に座った。
「「いただきます」」
二人そろって、手を合わせる。
今は当たり前になった食事だが、甘やかしてくれていた時代の両親でさえ、仕事があったりでなかなか揃って「いただきます」なんてしなかったし、揃うとしても外食ばかりだったから、子供の頃の俺は「手作り料理を家族と一緒に食べる」そんな些細なことに感動して泣いていたっけ。
夕食を食べるときは、いつも森子さんと二人きりだ。
まあ我が家に住んでるのは俺と森子さんだけだし、当たり前なんだが。
「空、今日学校を抜け出したみたいだけど、何かあったのかい?」
「まあ、何かあったといえば何かあったというか」
「はっきりいいなさい」
「…………はい」
曖昧な表現をする俺を、森子さんはジロっと静かに睨む。
睨んでいたのは一瞬で、すぐに不安げな笑みで俺の目を見る。
「自分の大切な息子が授業を抜け出したと聞いて、心配していたんだよ。空には幸せになってもらいたいからさ、こういう連絡は心臓に悪いんだ」
俺は、唯一の家族である森子さんに、こんなに迷惑をかけてしまっているのか。
たとえユズのためとはいえ、学校にも自宅にも連絡しないままというのはまずかった。
せめて、森子さんには安心して過ごしてほしいと、俺は思っている。
だから、正直に話すことにした。イマフレ関係じゃないし、嘘をつく必要もない。
――一〇分後。
俺は今日のことを隠さず話した。
ユズが理不尽な拒絶をされたことも、ユズと学校を抜け出して遊んでいたことも。
「空」
「……はい」
そりゃあ、怒るよな。
俺は、ユズを校舎の中へ戻すべきだったはずだ。学校をサボることは内申点にも影響する。ユズの将来に影響を及ぼすかもしれない。そう考えると、一緒になってサボるよりも一緒に学校へ連れ戻したほうがよかったに決まっている。
「なんでそれを言わなかったんだよ。空はいいことをしたじゃないか」
……え?
「もちろん、授業には出てほしかったよ。勉強は大切だからね。でも、それよりも大事なものがあるだろう?」
「大事な……もの」
俺が考え込んでいると、森子さんは表情を一段とやわらかくして、俺の顔を覗き込む。ときどき見せる、俺が大好きな森子さんの顔だ。
「大切な人を、笑顔にすること。それが家族でも恋人でも友達でも、同じだよ」
大切な人を笑顔にすること……。
それは、森子さんが何度も俺に話してきた、自分の生き方だった。
俺もそんな森子さんの生き方に尊敬していたんだ。小さいときからずっと。
大切な人……大切な人……。
ユズもウミ姉もダイチも、みんな俺にとって大切な友達だ。
だけど、最初に浮かんだのは、一人の幼馴染の顔だった――。
「いっただきまーす!」
「はあ⁉」
なんでテーブルの横にハナが立っている⁉
「空? どうした?」
「あーいや、さっきあの辺で蚊が飛んでた気がして」
蚊が飛んでただけで「はぁ⁉」なんて反応するやついないだろ。
そんなことより、なんでハナがいるんだ。森子さんがいる前ではいつも現れないのに。イマフレがバレると病院に連れていかれるだろうし、色々と面倒になるのはわかってるはずだ。俺がそう伝えてからは、今までもなかった。
俺は何とかハナの存在を意識しないようにする。
ウミ姉の声はしないから、これはハナが故意にやっている行動だろう。
「そらくんそらくん、この肉じゃがおいしいね! ほっぺたがとろけそうだよ!」
「そらくんそらくん、おかわりしないの? そらくんならもっと食べられるよー!」
「そーらーくーん! そーらーくーん! 聞いてるー? そっらくん!」
……うるせえ。
いつもならかわいいで済むのだが、そのかわいい仕草や言葉をすべてスルーしなければいけない俺の気持ちは苦痛そのものだ。
とても楽しそうに話しているハナだが、これはたぶん、怒っている。何かに怒っている。
「ごちそうさま。森子さん、色々聞いてくれてありがとう。友達、大切にするよ」
「ああ。それでこそ私の子だよ」
俺は食器を片付け、大急ぎで自分の部屋に逃げた。
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