第8話 (空くん、真面目ぶってるところ悪いけど、成績はいつも平均点以下だよね)

 初めての授業は数学だった。高校からは数学なんかは難しくなっていくだろうしな。置いていかれないように集中して先生の話を聞かなければいけないだろう。もちろん、隣の女子に気を取られたりなんてしたらあっという間に聞き逃してしまう。それだけは避けなければ。


 と、意気込んだのはいいのだが――。


「……すぅ」


 気になる。


「んにゃ、にゅぅ……」


 隣の席が気になる。


「……もう食べられ……ません……ひゅにゅう……」


 思いっきり寝ている。授業中なのに。寝言まで言っている。授業中なのに。

 これは起こした方がいいのだろうか。いや、流石に起こした方がいいよな。


「おい。星川さん、起きた方がいいぞ」


 俺は小声で隣の席に声をかける。だが、何度声をかけても起きる様子はない。

 入学式に寝坊するほどだ。相当寝起きが悪いのだろう。これ、なかなか起きそうには思えないぞ。


「にぃへへ……」


 目が隠れているうえに口元が笑っているから若干怖い。なのにこう、仕草がかわいく見えるのはいったい何なんだろうな。

 美少女は寝ていても絵になるから俺には理解できない。……どんな夢を見ているんだろうか。


「星川さーん」


 少しだけ声を大きくして呼んでみるが、幸せそうに寝息を立てている。なるほどだめだこれ。どうしようもないな。


「日向くん、どうしました?」


 先生が俺の方を見て不思議そうにしている。起こすのに必死で、授業聞いていなかった。

 つうか、俺を見てそんな顔するんだったら、星川さんを注意しろ。

 と、言いたいが、星川さんの目はほとんど隠れているため、遠くからだと起きているか寝ているかわからないのだろう。


「あ、いえ。なんでもありません」


 俺はとりあえず、起こすのをやめた。こんなに気持ちよさそうに寝ているのだから、起こす必要はないだろう。成績が落ちたら星川さんの責任だ。

 とにかく、俺はやれるだけのことはした。

 がんばれ、星川さん。


   * * *


「どどどどうしましょう……の、のーと、とってない……」


 授業が終わると、星川さんが起きてすぐ青白い顔をしてうろたえていた。別にノートを一回取ってないくらい、俺はまあいっかで済ませると思うのだが、星川さんはかなり真面目らしい。真面目なのに寝てたらしい。

(空くんのせいだ)

 違う。俺は精一杯起こす努力をした。ウミ姉も見てただろ? あれはちょっとやそっとじゃ起きそうになかったからな。

(でも気づいておきながら起こすのをやめたのは空くんだよ?)

 そんな、嬉しそうにいじわるなこと言わないで……。ウミ姉。

 ああ、わかったよ! ノート見せればいいんだろ。


「これ、ノート取ったら返してくれ」


 俺はさっきの時間でとったノートを、星川さんの机に置く。まあ俺もそんなに真面目にノートを取っていたわけではないが、最低限は黒板の内容を書き写した。見せる分には問題ないだろう。


「あ、え、あり、ありりりがです」


 ありがとうございますと言ったつもりなのだろうか。

 俺はちょっと笑いそうになっていた。もちろん馬鹿にしているわけじゃない。こんな高校生がいるのかと思うと、なんだか楽しくなってしまったのかもしれない。


「まあ、気づいておきながら起こさなかったのは俺だし」

「え⁉ み、みていたんです……か?」

「まあな」


 髪で隠れていない右目が大きく見開いたように見える。

 いや、あんなにぐっすり気持ちよさそうに寝ていて、隣の席の俺が気づかないはずないだろう。


「は、はずかしい……でぅ」

「……」


 赤面して俯きながら言う星川さんを見て、不覚にも。

 

 不覚にも、かわいいと思った。



 それから掃除の時間が終わり、休み時間になって掃除場所から戻ってくると、俺の机にノートが置かれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る