第9話 (空くんの先生になっていろんなことしたいです)
授業が終わり、俺は放課後の教室で誰もいないのを確認すると、ハナたちと窓の外を眺めていた。
「そらくんそらくんっ、みて! 中庭のお花、すごくきれいでかわいいっ!」
「だな。かわいいな」
教室の窓から見える中庭は確かに赤青紫黄色オレンジピンクと、様々な色の花が咲いていて魅了してくるが、俺が何より魅了されているのは、真横に立って目を輝かせているこいつである。
ハナは身を乗り出し、跳ねながら窓の外を見ている。
なぜ跳ねているかというと、身長が低いからである。
俺たちがいるこの教室は三階なので、一階にある中庭を見るには身を乗り出さなければ見れない。中学の頃は割と見れていたんだが、この高校は少しだけ窓の位置が高いのだ。
一五〇センチ未満の身長であるハナは、窓の位置が高いとぴょんぴょんしなければよく見えないのである。
正直、そうやって必死に窓の外を見ている姿がかわいい。
「ハナ、椅子とか使ったらどうだ? 俺が用意するけど」
「え? 大丈夫だよ~! 子ども扱いしすぎ! わたしだって高校生だもん!」
その言動が小学生だ。
怒っいても喜んでいてもポニーテールが小動物のように動くのは見ていて微笑ましい。
そういえばハナの服装、この学校の制服になってるな。
空色のブレザーに、青いリボン。黒色のスカートという、かなり青に集中していて落ち着いたデザインだが、元気っ子なハナが着ても絵になる。
俺が高校生なら、同じ歳のハナも高校生だ。
もしハナが存在していて同じクラスになったのなら、もっと楽しいんだろうな。
(私は先生ポジションかな?)
そうだな。ウミ姉が先生なら……毎日通っていろんな事してもらう。
(私のこと、エロい何かだと思ってるんだ。居乳だとでも思ってるの?)
一度もそんなこと言ってねえよ! それにハナを見ていればわかるだろ。俺は貧乳の方が好きだ。他のところが目立って見えるからな。
(気持ち悪いからしばらく声かけないようにします)
……俺が思ったのは顔のことなんだが。
そもそもウミ姉は先輩でもあまり違和感ないだろうな。歳もわからないし、放課後にこっそり会う先輩とか、そんなポジションでもいいな。
「そらくん、学校の授業は楽しい?」
「まあな。ハナたちがいればもっと楽しいだろうけどな」
中学のときに授業中ノートで会話……はしたことがあるが、先生にバレたことがあるので、やめた。あのときは言い訳に困ったな。
それに授業に集中できないので、授業が難しくなった中二の頃から授業中はハナやウミ姉は現れないようにしてくれている。だから、二人がいない分結構寂しい――と思っているとウミ姉が急に話しかけてきたりする。やっぱり俺は二人の存在を忘れられないようだ。
「わたしもこのクラスの子たちと仲良くなりたいなあ。ゆずちゃんとか!」
「星川さんか」
確かに、天然なハナといい相性な気もする。あの子も若干天然っぽいし。向こうにハナの姿が見えないと思うと、やっぱり悲しいな。
「私が、どうか、しましたか……?」
――⁉
俺は思いっきり体が跳ねた。そりゃあそうだ。明らかにハナの声でもウミ姉の声でもない声が聞こえたからだ。
「星川さん……?」
「は、はい」
後ろを向くと、星川さんがきょとんとした目で立っていた。
さっきのウミ姉との会話のせいで、上半身の膨らんだ二つの存在に、目を奪われてしまう。
……大きいな。
って、何見てんだ俺は!
「あー、ええっと、いつからここに?」
俺は動揺を隠しきれないまま、おそるおそる聞いてみる。
「五分くらい前から……」
結構いたな⁉
どうする? 俺、あきらかに今ハナと話していたよな? 星川さんの名前まで出した。ど、どうすればいい?
「あの、ノート、ありがとうございました……!」
星川さんは、丁寧にお辞儀をする。そういえば、貸していたんだっけ。
「直接返せなかったので、お礼、言いたくて……」
別に、机に置いて返してくれたのなら、お礼なんていいのに。律儀なんだな。
「俺の字、読めたか?」
貸しておいてなんだが、かなり雑に書いていた気がする。
「は、はい……ギリギリ読めました!」
おいおい、正直すぎるだろ。
(でもかわいいから、よし)
おいおい、俺の思考を勝手に付け足すな。あとしばらく話しかけないって言ってたのは誰だ。
「あの、そこで何をしていたんですか?」
「あー、いや」
どうしよう。なんて言おう。
「……あっ! 中庭!」
星川さんは、窓辺にきて、窓の下を見下ろす。
ハナと違ってぴょんぴょんする必要はないようで、普通に見下ろしているのだが、目をキラキラと輝かせている姿は、ハナと同じだ。
「お花、きれいですよね。誰が手入れしてるんだろう。園芸委員とかあるのかなぁ……?」
「委員会、確か五月に決めるんだったな」
園芸委員に入りたいのだろうか。星川さんならきっと似合うだろうな。うきうきしながら水をあげる姿とか容易に想像できる。
「ヒナタさんは、あの中だとどの花が好きですか?」
「俺の名前……」
「え、あれ? ノートに名前、書いてあったから。ヒナタさんですよね?」
「いや、よく間違えられるけど、ヒムカイだ」
「そ、そうだったんですね……。間違っちゃって、ごめんなさい!」
「気にしてない気にしてない」
なんか、教室での雰囲気と違って、めちゃくちゃ話しかけてくるな。
(今は空くんしかいないから、緊張がほぐれてるのかもね?)
なるほどな。人が多いと緊張するタイプか。
「俺が気になったのは、あの、ピンクの花とかかな。コスモスだっけ? 小さくてかわいいよな」
まるでハナみたいだ。
「それなです!」
ん? それな?
「マジやばいですよね! コスモスの可憐さときたら、その華奢な姿の中に凛とした立ち姿もあって、私も大好きなんです!」
「ああ、そ、そうだな……」
いきなり若者言葉を使いだしたから何事かと思った。お嬢様っぽい風貌のくせに、意外とそういうところは女子高校生なのだろうか。
あと、語る語る。
コスモス以外にも、中庭にある数十種類の花について次々と語っていく。どれも、俺が知っている花の名前だったが、知っていることでも他人が話すのを聞くと新鮮に感じて、つい聞き入ってしまった。
「それでそれでっ……あ、ちょっと調子乗りましたよね。す、すみません」
俺が呆然としていると、急に俯いてしまった。恥ずかしそうに耳を赤くして。きっと顔も赤いだろう。
「いや、楽しそうに話してたから、俺も楽しくなった」
フォローの仕方が下手かもしれないが、彼女の楽しそうな姿を見て、気持ちが高ぶっていたのは本当だった。
きっと、ハナと話したらもっと会話が弾むんだろうな。
「それは、よかったですっ! そ、その、また明日も、話しかけていいですか……?」
「……」
俺は、戸惑った。
現実の人間とは関わらないと決めている俺にとって、その質問は少し自分の決意とは違う方向に転がりそうだと思ったから。
けど……。
「ああ」
たまになら、いいだろう。今は自分の決意よりも、彼女の悲しい顔が見たくなかった。
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