第23話
どれくらいの時間、ここに立っていただろうか。
ユズが去ってから、俺の時間はしばらくの間、止まっていた。
整理がつかないことが多すぎて、何もする気になれない。ハナがイマフレだってわかったときと、似た感覚だった。
……教室って、こんなに静かだったっけ。
小さな違和感を感じつつ、俺は未だにすることがなく、ただ立っているだけだった。
授業が終わった。なら帰らなければいけない。頭ではわかっていても、体が動こうとしない。もういっそ、明日の朝までここにいればいいんじゃないか。そんなしょうもない考え事ばかりを続けていた。
「話は終わったの?」
「――っ!」
後ろから突然声がして、驚いた俺は近くにあった自分の机を倒してしまう。机のことなんてどうでもいい。慌てて後ろを向く。
教室の入り口付近に立っていたのは、星川ゆずさんだった。
このクラスの一員である、本当の星川ゆずさんが、俺のことをじっと見つめている。
もう、自分に嘘はつけない。
……彼女は、星川ゆずなんだ。
「日向君?」
「あ、いや」
星川さんが先ほど発した質問に、俺は戸惑っていた。
話って、まさか俺がユズと話していたのを聞いていたのか……?
「あからさまに困らないでよ」
星川さんは、俺の答えを聞く前に、教室に入り自分の席に座った。
俺が呆然としていると、星川さんは「座って」と自分の隣の席、つまり俺の席を指さした。
俺は言われた通り、自分の席に座る。倒れた机はそのままだったが、直す気力もなかった。
「日向君って、見えない友達がいるの?」
馬鹿にするのでも、興味本位で聞いているわけでもない。そんな、純粋な質問を、星川さんいきなり投げかけてきた。
まるで「趣味はなんですか」というような、裏表のないただの質問。
それでも、俺は自分のことを話すのを拒んだ。
「イマジナリー・コンパニオン?」
イマジナリーフレンドの別名を、彼女は小さくつぶやいた。
なんで、そんな言葉を知ってるんだ。イマジナリーフレンドの方が一般的に認知されている名詞にも関わらず、彼女はコンパニオンの方を知っていた。普通に過ごしていれば、そんな言葉に出会う可能性は低い。もちろん、知っている人も少なくはないと思うが、彼女の質問は、確信めいたものがあった。
「私、前に一度、あなたみたいな人に会ったことがあるのよ。それで、色々調べたことがあって」
「……俺、みたいな人?」
「勘違いされたら困るけど、あの子とあなた、性格は真逆だからね」
その言い方は、どこか刺々しくて、どこかやさしい。
星川さんは、イマジナリーフレンドを持つ人に会ったことがあるってことか……?
「これは自慢じゃないのだけど、私、クラスのカーストで、偶然にもトップの位置にいたのよ」
「どこからどう聞いても自慢なんだが!」
そんなはっきりとクラスでの自分の位置を言えるやつ、そうそういないだろ。
「自慢じゃないわ」
鋭い視線が俺の背筋を凍らせる。どうやら真面目な話らしい。それとも、彼女の目つきが悪いだけか。
「話をしてもいいかしら。あなたには、自分でいてほしいの」
「自分で……?」
「これは、ただの私のエゴなんだけどね。それでも、聞いてほしいの。自分が性格悪いことはもうわかってる。それでも、聞いてほしいの」
そのあまりにも真剣な眼差しに、俺は自分のすべてを吸い込まれたように感じて、無意識に頷いていた。
「後悔、してるのよ」
心なしか星川さんの瞳の奥が、揺れているように感じた。
俺は、黙って彼女の話を聞くことにする。
「この話を聞いて、私のことを嫌いになって構わない。だけど、知ってほしいのよ。何かがきっかけで、人の心って簡単に壊れちゃうの」
まっすぐと俺の目を見て、彼女は話し出した。
中学二年の頃、同じクラスになった雪菜という少女の話を。
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