第24話
◇星川ゆずside
後悔しても遅いこと、どうにもならないこと、それを知るのは、いつだって自分の過ちを理解するときなのよ。
「よっしゃ同じクラスじゃん!」
「ゆずぅー離れ離れにならなくてよかったよー!」
中学二年の春。クラス替えがあったのにも関わらず、一年のときのクラスでのグループ、ほぼ全員が同じクラスになっていた。
「今年もよろ。てかうっさいから。あんたら」
笑顔を作って、軽口を叩く。それが私の日常だった。
別にみんなのことが嫌いじゃないけれど、毎日大勢といると、疲れることもある。
それでも私は、必死になってクラスを動かすほどの空気を作っていた。
学級委員長になって、成績もトップであり続けて、クラスメイトの話を聞く。相談事からただの世間話まで。全部。
そうして手に入れたのが、自然に生まれるカーストの世界で、楽に生きるための権利。
努力して自分を抑えて、そこで生まれるのが、見下されないための鍵。
私はそれを悪いとは思わないし、社会に出ても必要なことなんだと思ってる。
でも、そんな生活を一年以上続けていれば、辛くて仕方がなかった。
クラスの上に立つことがではない。周りの反応を見て自分を操作することは、もうとっくに慣れていた。
だけど。
何も考えずに楽しそうにしてる、私とは真逆な人を見ると、無性にイライラしてしまった。
特に二年になって初めて同じクラスになった、井上雪菜を見ると、自分の行動がばかばかしく思えて仕方がなかった。
「えー、そんなことないよ~?」
彼女はクラス替えしてから一か月たっても、いつもひとりだった。
「立夏、このあと買い物付き合ってっ」
なのに、まるで友達と話しているかのように、独り言を永遠と喋っている。
休み時間になると、ぎりぎりまで「立夏」という見えない何かと話しているのが耳に入った。
同じグループの友達に聞くと、眉をひそめながら、みんな同じようなことを言う。
「井上? あーなんかいつも一人でしゃべってて不気味だから、関わらないようにしてんのー」
「そ。まあ、どうでもいいんだけど」
「それよりゆず、今日の放課後、あそぼーよ。とりあえず渋谷とかさ」
「りー」
気になってはいたけれど、クラスメイトの大半は彼女が明るく楽しそうにしてるのをみて、あまり関わる気にはならなかった。
彼女はいつだってポジティブで、誰にでも平等に接する。
カーストは最底辺なのに、カースト最上位である自分よりも楽しそうにしているのが、私はよく思えなかった。
こんなことを思ってた当時の私って、本当に性格が悪い。
それから何か月かして、私は雪菜と隣の席になった。
雪菜と私が日直当番になった日の放課後。
気になっていたことを直接本人に聞いた。
「なんでいつも一人でしゃべってるの?」
「あ、一人で喋ってるんじゃないよ? あのね、みんなには見えないけど、私の友達で……」
それから楽しそうに話し出した。
誰にも見えない彼女だけの親友の話を、彼女は生き生きとした笑顔で、心の底から楽しそうに話す。
「立夏、この前もね、こんな話を――」
「あっそ。それはよかったわね」
私は、イライラを隠しきれなかった。
こんなにも頑張って誰よりも自分を磨いて、クラスの中心人物になって、毎日友達と話をしているのに、気分が乗らない日も無理やりな笑顔で遊んでいるのに。
彼女の言う立夏のような「親友」には、一度も出会ったことがなかったから。
それは嫉妬にも似た何かだったと思う。
雪菜のことが、次第に嫌いになっていた。
彼女は空気を読まない。人のいら立ちにも気づかない。自分にしか見えない友達について楽しそうに話す。
それがずっと続いて、それが嫌になって。
私は、雪菜に嫌がらせを始めた。
無視したり、机をわざとずらしたり。
最初は自分が雪菜のことを嫌いだと、雪菜に見せつけるためだけのものだった。
しかし、それがクラス合同のいじめのはじまりだった。
クラスのカーストトップ。星川ゆず。
そんな私がよく思っていない相手。井上雪菜。
彼女が私の嫌がらせに全く気付いてないのを知った友人たちは、上靴を隠したり、雪菜に聞こえるところで大声で悪口を言ったり……。
私が何もしなくても、いじめは私を軸にするように、エスカレートしていく一方だった。
その結果。いつもポジティブで心優しい雪菜は、変わってしまった。
「はーあ。あのさ、雪菜にこういうことするんだったら、先生にチクるけど?」
「上靴隠すとか嫌がらせの仕方子供すぎっ! あははは、おかっしいっ!」
嫌味を言うようになった。言葉で反撃するようになった。
――別人になった。
「君だよね? 最初、雪菜に嫌がらせしたの」
「え……?」
「雪菜が気が付いてないとでも思ってたん? 傷ついてないとでも思ってたん? あたしの、あたしの大事な友達、返してよっ!」
涙を流しながら、苦しそうに叫びながら。
雪菜の身体で雪菜を返してと訴える彼女は、いつも雪菜が話していた人物と、性格が似ていた。
『立夏はねー、私と違って気が強くて、かっこいいんだよ。いつか会わせてあげたいなー』
『立夏ったら、いっつも私の心配ばかりしてるんだよー? もうー、そんなに心配しなくても私は平気なのにねー』
雪菜は、消えた。
傷ついて傷ついて、耐えきれなくなって。
彼女に、自分の身体を渡したのだ。
「立夏……?」
私は雪菜の姿をした彼女に問いかけた。突き刺すような視線は、私の足をすくませた。
「軽々しくあたしの名前を呼ぶな! 雪菜として過ごさなきゃいけないあたしの気持ちがわかるか! こんなことなら、無理やりにでも学校を休ませればよかった……!」
それが私と話した最後の、立夏の言葉だった。
それから、明らかに人が変わってしまった井上雪菜に手を出すものはいなくなり、三年生になってクラス替えになり、立夏と話す機会もなくなった。
立夏は、卒業するまで立夏のままだった。
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