第29話 (そ……くん! ……空くんっ! お願い、空くん……!)

「ハナ……なのか?」


 ハナが、公園の真ん中に立っていた。

 手足が震えていて、涙も止まっていなくて、自慢のポニーテールはぐしゃぐしゃで。

 ハナの姿が、俺にははっきりと見えていた。


「そらくんのばかっ! ずっと呼んでたんだよ! わたし、もうこのまま、消えちゃうのかなって、ずっと……あれれ。ずっとっていつだっけ? わたし、わたし……」


 急に怒ったかと思えば、泣き出して、そして安心したように笑いだす。

 相変わらずのハナに苦笑しつつも、俺は拭ったはずの涙を、もう一度流していることに気が付いた。

 今度は悲痛な感情から出てきたものじゃなくて、純粋な、安心からだった。


「そらくん、わたし、こわかった。そらくんに何も届かなくなって、こわかったよっ……!」


 震えていた手足はついに限界がきたのか、ハナはその場に座り込んでしまった。俺は、なるべくハナに近づいて、目線を合わせて言う。


「ハナ、寂しい思いをさせて、本当に、すまなかった」


 なんだこの気持ち悪い声は。男の俺が、情けない。こんなんじゃハナに愛想を尽かされたっておかしくないよな。


「そらくん、そらくん、そらくん! いっぱい、いっぱい呼ぶ。だから、もう絶対に、こんな、辛いこと……やめて……」

「ああ。ああ……もうお前のことを忘れたりなんてしない……」


 こんなに泣いたことなんて最近は全然なかった。


「気持ち悪いな。俺は」


 泣きながら言葉を絞り出す自身に笑っていると、自分の内側から、女の子の声が聞こえていることに気が付いた。


(……らくんっ! 空くんっ!)


「………ウミ……姉?」


(空くん、聞こえるの……?)


「……ああ、聞こえる! 聞こえるよ、ウミ姉……!」


 いつもはウザいくらい絡んでくるこいつの声が、今は無性にうれしくて、つい、笑みがこぼれてしまった。

 こんなところ、現実の人間に見られたら終わりだよな。


(そっ……か。よかった。本当に、よかった。空くん、空くん……!)


 まるで泣くのを我慢しているような、つっかえた声。

 笑ってしまうほどに、幼い喋り方。

 でも、いつもと違っても、確かにこの声は、俺の知るウミ姉だ。

(お姉さんは年下の前で泣いたりしないもの)

 やっぱりお姉さんなんだな。ウミ姉って。

(そうだよ。私はずっと、空くんの、空くんたちのお姉さんだから、ずっと、ずっとだから)


「ウミ姉も、心配かけて本当に……」


(だめ。謝られるのはいやだ)


「じゃ、じゃあ、どうしろって言うんだよ」


(ウミ姉だーいすきって、声に出して言ってみて)


「全く。すぐ調子に乗るな。ウミ姉は」


 だから、楽しいんだよ。

 だから、寂しさを感じないんだよ。

 ウミ姉にこんなに助けられてるなんて、思ってなかった。


「空! 俺を忘れてないよな!」


 後ろから、またまた聞き覚えのある男の声が聞こえた。

 聞き覚えのある男の声って言ったら、ダイチしかありえない。

 俺は振り返って、ダイチの顔を見る。


「いたのか。ちょっと待ってくれ。今ウミ姉とハナと話してるから」

「え、俺の扱いひどくねっ⁉」


 そんなこんなで、ハナ、ウミ姉、ダイチは、俺の中から消えないでいてくれた。

 戻ってきてくれた。

 春の夜風は冷たくて、それでいてあたたかくて。

 俺は、肌でそれを感じながら、ここに来る前のことを思い出す。


「――こんなことしてる場合じゃなかった!」

「え?」


 素っ頓狂な声をあげたのはハナ。

 状況は理解できてないよな……。


「おいどうしたんだよ。空」

「悪いが、明日話す! じゃあなダイチ!」

「ちょっ、まっ! 感動の再開はあああああ⁉」


 ダイチは、これくらいの距離感がちょうどいいんだ。

 大丈夫。俺はダイチのこともちゃんと、大切だから。

 本人に言えるわけないけどな。今はまだ。この流れでダイチと涙を流しあったりなんてしたら、気恥ずかしいだろ?

 あいつとの関りは、笑顔でいるときだけでいい。涙が見せなくていいんだ。


 俺は公園から駆け出しながら、スマホの画面を見る。


「やばっ。行けるかこれっ」


 ギリギリだが、走れば九時までには間に合うはずだ。たぶん。

(ふふ。なんか楽しいね。こういうの)

 何がだよ! 俺には今日の夜がかかってるんだ! なんにも楽しくねえ!

(今日の夜? それってエロい意味かな)

 ちげーよ! てかなんでそうなる? 一文字もそんな表現なかったろ!

(私の思考は空くんの思考同然だから、そのまま返してあげるよ)


「そらくん、わたしも走るよ! 一緒にがんばろー!」


 ランニングかなんかだと思ってるのか、ハナは⁉ そして俺より早いってなんだそれ!


「そらくん、もう絶対、わたしたちのこと忘れちゃだめだからね!」

「おう! 痛いほどわかったよ」


 ハナたちがいない世界は俺の知っている世界じゃないってな。

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