第13話 (空くんたちの会話。眺めてるだけでも微笑ましいなあ)

 毎度慣れないんだよな。これ。この感覚。

 意識が遠くなるっていうか、周りの音が聞こえなくなるっていうか。

(危なくなったら呼んであげるよ)

 いつもありがとな。ウミ姉。


「しばらく俺は無言になる。筆談には参加するけどな」

「はい……!」


 俺はノートの真っ白なページを開く。

 ちなみに地面に突っ伏す形になってしまったが、星川さんには制服が汚れたらごめんなさいとは言ってある。

 星川さんは俺が渡したペンを持って構えている。試験でもあるまいし、そんなにノートを凝視しなくても。

 方法は簡単だ。

 体の一部をハナとダイチに貸す……みたいな感覚。自分でもよくわからないが、自分の意識は意外と簡単に切り離すことができる。


 とはいっても、人格が解離するような危ない状態ではなく、意識がぼーっとすると言えばいいのだろうか。とにかくハナの意識とダイチの意識と俺の意識が一度に重なる感じ。変な感覚だが、自分の意識が一応あるという点では、俗に言う多重人格とは違っている……と思う。俺が幼いころに経験したものとは違う。

 こうしている間、考えるよりも先に勝手に腕が動き、文字を連ねることができる。


『よし、準備はいい。みんなは?』

『はい、大丈夫です!』

『わたしもだいじょうぶ!』

『空の字汚くね⁉ 読みづら!』

『そういうダイチだって……はあ⁉ なんでそんな美文字なんだよ。気持ち悪い!』

『フフン! 日に日にモテる男レッスンをしておいてよかったぜ』

『そんなの公園でできるわけねえだろ』

『空さんの字もギリギリ読めますよ! 大丈夫です!』

『うんうん! そらくんの字は個性があっておもしろいからだいじょうぶだよ!』

『二人ともフォローの仕方が下手すぎる……』

『あ、申し遅れました! 私、星川ゆずと言います。皆さんが見えないのは寂しいですが、こんなふうにお話できてうれしいです!』

『よろしくな、ゆずちゃん! いやあ、空にこんな清そ系ヒロインの友達ができるとはな……』

『よろしくー! わたしも友達がふえてうれしい!』

『と、友達……! そうですね。私、一気に沢山お友達ができてしまいました!』

『それはよかった。まあ、俺の友達はJKとはかけ離れてるけどな』

『俺はバリバリのJKだぞ! 女子大好き高校生、略してJK!(高校には通ってない)JKの神と言ってくれていい! ゆずちゃん、なんでも聞いてくれ!』

『わたしもJKだよー! もしかしてそらくん、まだ十二歳とか言ってるの? 怒るよっ!』

『ほらな。JKを学ぶのはここでは無理そうだ』

『いえいえ、お二人ともコミュ力が高いので、勉強になります!』

『そうだそうだ! 空よりもコミュ力高くてスポーツができて字もうまい俺が、なんでも教えてやるぞ!』

『ただしバカだけどな』

『……勉強以外なら教えてやるぞ!』

『私にできることならなんでも教えてあげる! だって私、JKだもん!』

『かわいいな』

『おい空、本音がだだ漏れしてる!』

『……ふふ。なんだか、楽しいですね』

『まあ、楽しいやつらなのは確かだ』


   * * *


 ノートでの会話が終わって、どっとした疲れが押し寄せる。腕をずっと動かしていたわけだから、当たり前といえば当たり前だが。脳も動かしていたのだ。肉体的疲労よりもそっちの方が大きい。

(お疲れ様。空くん)

 ああ。ウミ姉とも話してほしかったな。ウミ姉が一番いい大人って感じだし。

(私は遠慮しておくよ。誰かが外で見ておかないと、空くん、戻れなくなっちゃうでしょ?)

 まあ、夢中になりすぎると現実に戻るのが大変だからな。今日もウミ姉が言わなかったら一時間くらい会話してただろう。



 T字路にきて、俺は左へ向かい、星川さんは右へ向かう。今日はもうお別れのようだ。


「空さん、今日はありがとうございました……!」

「ああ。また明日だな」


 言ってから気が付いた。また明日。それはダイチ以外には使ったことがない言葉だ。

 現実の人間に関わって、初めて発した言葉。

 こんなことにいちいち感動してるのも頭がおかしいが、なんだか、妙な感覚だ。

(空くんが現実に向き合ってくれてうれしいな)

 星川さんだったから、こんなに自然と会話できるのかもしれないな。ピュアで優しい心の持ち主だから。


「空さん、明日から私、JK友達作ります! 今日は沢山お友達ができたので、自信がついてしまいましたっ」


 星川さんは目を輝かせながら言った。夕日に染まる瞳に、つい魅了されてしまう。

 嬉しそうに話す星川さんを見ると、こっちまでうれしくなってしまった。


「ああ。俺もできる限りフォローする。頑張れ」


 まあ、俺と友達というステータスの時点で、彼女が変な目で見られる可能性もあるが。それは俺じゃあどうしようもできない。


「じゃあな……ユズ」


 一瞬驚いたように目を見開いて固まったユズだったが、名前を呼ばれたのが相当嬉しかったのか、途端に花が咲くような笑顔になった。


「友達は名前呼びなんだろ?」

「は、はい、空さん!」


 俺たちは、お互い見えなくなるまで手を振り続けながら、帰路に着いた。


 こうして、初めての現実の友達と、初めての放課後は幕を閉じた。きっとユズなら、友達を沢山作ることも可能だろう。

 寂しくなるが、教室の真ん中で笑顔を振りまく彼女を想像すると、悪くない景色だな。と、考えてしまう。


 ――だが俺は、そんな日は訪れないと、知ることになる。

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