第41話 (空くんが誰かと待ち合わせをするなんて……大きくなったね……)

 * * *


 スマホからピロン、と音がした。

 慌てて手に取ると、緑色のアイコンの右上に、赤丸で「1」という数字のアイコンが付いていた。

 慌ててトーク画面を確認する。


「……よし」


 そこに書かれた『り』という文字を見て、思わず安堵の声を漏らす。

 それにしても「り」って、略しすぎだろ。了解って意味で合ってるよな?

(流石空くん。女子高生を目指してるだけあって詳しいね)

 ウミ姉はそれをいつまで引っ張るつもりなんだ! いい加減面白くないからな!

(それは私もちょっと思ってた。もっと面白いことしてよ)

 ……はあ。なんで怒られてるんだ俺は。

 とにかく、今日は昼食を食べたらすぐに公園に向かおう。

(「今日は」じゃなくて「今日も」だよね)

 いちいち俺の思考を掘り返さなくていいから!


 * * *


「よお空! 今日久々にサッカーでもするか?」

「久々って、最近やったろ」

「何を言ってんだ! 一日でも空いたらもう久々だろ!」

「ダイチが寂しいやつだってことはわかった。けどもうすぐ星川さんが来るし、今日はやめとく」


 ダイチとサッカーをするのはいつだって楽しい。だからこそ、今度は四人でやりたいんだ。

 ダイチと、ハナと、ユズと、俺で。

 たくさん動き回って、たくさん蹴って、ダイチとハナはいい勝負するのに、俺とユズは一点も取れなくて。何故か俺だけウミ姉にバカにされて。それを悔しがりながら、次はバスケでもしようか、と笑うんだ。

 そのためには、俺自身が変わらなくてはいけない。ユズを受け入れる心を生み出すんだ。


 ――一度失った心を、取り戻すんだ。


「ごめん。遅くなった」


 小走りで俺の方へ向かってやってきたのは、星川さんだ。

 長く黒い髪に、キリッとした目。彼女が纏う凛とした涼しいオーラは、俺を少しだけ戸惑わせる。


「おおおおお! 空、この美人さんが星川ちゃんか!」

「あ? ああ、まあ」

「これは俺的に女子高生ポイント高いっ! こう、大人っぽいが大人ではない絶妙なラインの雰囲気、わかるよな空!」


 言ってる意味が全くわからん。いや、全くではないが。つまり意味は分かるがなんとなくダイチに共感したくない。

 こいつは女子の前だと誰にでもテンションをあげるが、星川さんに対しての熱量はいつもより何倍か大きく見える。ウミ姉のときが一番気持ち悪いのは変わらないけど。


「星川ちゃん、足ほっそいし髪サラサラだし立ち姿もピンとしていて大人っぽい! まるでモデル! 空もそう思うだろ⁉」


 かわいい系よりは美人系の方が好きなのはわかっていたが……めちゃくちゃ鬱陶しい。


「どうしたの?」


 星川さんはきょとんとした目で俺を見ていた。

 当然ダイチの言葉は星川さんには届いていない。心の中で安堵しつつ、なんて答えるのが正解か思考を巡らす。


「いや、気にしないでくれ……」


 何も言えなかった。


「気になるわよ。教えてほしいの。とても気分が悪そうな顔をしてるのに、スルーするなんて無理よ」


 いやいや、そういうことじゃなくてだな。

 俺の友達があなたをエロい目で見ていました、なんて言えるわけない。

(いやいやいや、ダイチくんはそういう意味で言ってないと思うな)


「と、とにかく、本題に入らせてほしい」


 俺は無理やり話題を変えることにした。そもそも俺が星川さんを呼んだのは、ダイチを興奮させるためではない。公園を選んだのは間違いだったか。


「本題……っていうと、LINEで送ってきたやつのこと?」

「まあ、な」


 なんとなく気恥ずかしくなる。


『星川さんに、協力してほしいことがある。今日の十二時過ぎに会えないか? 

ブランコの公園で』


 俺はそれとブランコ公園の地図だけ送って、星川さんからの返答を待っていた。

(ちなみに文章を考えるのに一時間かかりました。その割にはあんまり整ってないね)

 おい! 事実だがなんでわざわざ言った? 誰に報告してるつもりだよ。


「どうして? この前はあんな別れ方をしたから、もう私にできることはないと思っていたんだけど……」


 そうだ。俺はユズを受け入れるのを怖がって、星川さんの善意を拒否してしまった。

 でも、今は違う。


「俺は、現実の友達が欲しかったんだ。だから、現実の人間を想像して、ユズを作った」


 自分が何を望んでユズを作ったのかわかった。

 本当にユズのためになることは何なのか考えた。

 生み出したってことは、それだけユズは消えるべき存在ではないということだ。


「星川さん、直球でごめん」


 俺は、バクバクする心臓を抑えるように深呼吸をする。

 ユズが生まれた理由は、現実と関わるため。

 ユズが消えた理由は、俺が現実に自信を無くしたから。

 だったら、現実の世界に自信をもって関れば……きっと。


「星川さん、俺と友達になってください!」

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