第38話 (空くん、フリフリちゃんの名前気にならない? あれ、そうでもない?)

 しばらく公園でダイチの死体を見ながらウミ姉やハナと喋っていると、「何してんの?」と言いながら井上さんがやってきた。


「井上さんを待ってたんだよ」


 ハナたちと話していれば時間がすぎるのは案外早いものだが、それにしたって二時間は長い。

 時間の指定もなかったし、ただひたすら一二〇分も公園のブランコに座って待っていた。


「文句ならあいつに言っといて」

「あいつって、あのフリフリの子?」

「あいつのことそう呼んでんの。ウケる」

「顔が全然笑ってるように見えないのだが」

「表情筋動かすのめんどいし。……フリフリかー、フリ子もいいね。外見も中身もフリフリしてるし、ぴったりだ」


 言いながら、井上さんは俺の座るブランコの隣に腰掛ける。

 表情筋動かすのがめんどいって、初めて聞いたぞ。

 その割に、友達のことを話している時は楽しそうだな。


「んで、相談? って何?」


 いきなり、あまりに唐突に聞かれて、俺は一瞬固まる。しばらくフリ子さんの話でも続くのかと思ったが、さっさと話を終わらせたいのだろうか。


「あたし、無駄な話は全て終わったあとにしたいの。まあ君と話すことなんてないだろーけど」


 俺の心の中を覗いたのだろうか。俺の疑問は割とすぐに解消された。

 すぐ隣にいる彼女は、元イマジナリーフレンドだ。

 井上さんに相談すれば、何か変わるだろうか。

(僅かな希望でも、空くんには必要だと思うよ)

 ああ。ウミ姉の言うとおりだ。

 俺は深呼吸をしながら、会ったばかりの彼女に向けて、そして自分自身への整理も兼ねて話す。



「この前新しい子が現れたんだ。名前は……星川ユズ」

「ユズは沢山の友達を作ることが目標で――」

「だけどイマジナリーフレンドだということがわかって、それで――」


 俺がここ最近の出来事をすべて話し終えると、井上さんは立ち上がった。


「あんたは雪菜と違って、何も考えてない」


 話を聞いた井上さんの第一声は、それだった。

 いつの間にか二人称が『君』から『あんた』になっている時点で、井上さんは今まで無気力だった感情に怒りを乗せているのがわかる。


「なんのためにその子を生み出したわけ?」

「えっと……それは、どういう」

「自分のためのイマフレなんだ。自分のために、自分が納得するために生み出したはずなのに、あんたの口ぶりからしてそれがない。まるで、急に友達ができて急に消えたみたいに言ってる。それがおかしいの」


 言っている意味が、わからなかった。

 ユズとの出会いは、本当に急だったからだ。

 入学式の次の日に急に現れて、訳も分からないまま友達になって、楽しくて、なのにそれが現実でないことを知って、辛くなったユズは突然に別れの挨拶をした。

 俺が言ったことは間違っていないし、実際にそうなんだ。

 きっと星川さんが初日からきていたら、こんなことにはならなかったし、例えば隣の席が不登校の子だったり、元々空いている席だったら、俺は永遠とユズを現実だと思っていただろう。

 だから、全部突然に始まって、突然に終わったことなんだ。それ以外の何物でもない。


「彼女以外に最後に新しいIFが生まれたのって、いつ?」

「それは……ええと、ダイチが現れたのは小四のときだから……」

「それほど前だったのに、どうして今、急に新しい子が生まれたわけ? そこに、何の理由もないとでも本気で思ってるの?」

「……っ」


 確かに俺は、中学生の時は何もなくて、何事もなく過ごしていた。本当に、何もなかった。

 だが、高校生になった途端、新しいイマフレが現れた。そこに、何も理由がないはずはない。


「生み出した理由はともかく……現実と空想は違うって気がついたから、あんたは消したんじゃないの?」

「……え?」

「あんたにとってユズさんは現実だったんだろ。現実そのものだった。なのに、その現実が実は空想だとわかった」


 ――だから、見えている世界(ユズが誰にも視認されない現実)を消すことで、苦しさを消そうとした。


 井上さんは、はっきりとそう言った。

 井上さんの話が本当なら、俺は現実を消して空想に逃げたということだ。

 それは、「雪菜」という自分を消して、空想であるはずの「立夏」にすべてを渡した井上さんと同じように思えた。

 だけど井上さんは「あんたと雪菜は何もかも違うから」と、俺の思考を読んだように前置きしてから、話しだした。


「あたしはさ、最初は本当にムカついた。星川にも、雪菜にも。ずっと雪菜として過ごさなきゃいけないって思ってたから。所詮あたしは空想の存在だし、現実にはなれっこないって。でも違った。あたしはあたしとして、現実として生きることが今はできている。それってなんでだと思う?」


 井上さんは、夕に染まる太陽に自分の手を伸ばして、見つめながら、ゆっくりとその手のひらをかざした。

 まるで、自分の存在を確かめるように。

 まるで、どこかにいる雪菜さんの手を掴むように。


「雪菜が、それを望んだからなんだよ。自分よりもあたしに生きてほしいって……いや、ううん。この言い方は違う。自分のために――死ぬために、あたしを作ったんだよ」

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