第26話
重い足取りのまま歩いていた俺の身体は、いつの間にか自宅に着いていた。ここまでどうやって来たか覚えていない。考え事が多すぎて。
星川さんに、ぶつけてしまった。
自分が悪いのはわかりきっていることなのに。
帰り道でも、ずっとそのことだけを考えていた。
ユズに言われたこと。星川さんに言われたこと。……俺自身が言ったこと。
全部が正しくて、全部が間違ってる。そう思いざるを得ない。
何が正しいかなんて、俺には判断できないんだよ……。
「空、おかえり」
「……ただいま。森子さん」
家の中に入ると、森子さんがやってきた。今日は洗濯物をたたんでいたいらしく、手には綺麗にたたまれた綺麗な洋服を抱えていた。
森子さんはいつだって忙しそうだ。たまには俺も家事を手伝ってみよう。
そんな風に思ったのは、自分のこの感情をどうにかしたいというただの我儘だとわかって、心底自分の勝手さに嫌気がさした。
「空、何かあった?」
「え? ……いや、なんでもないよ」
「そっか。ご飯できてるから食べるよ」
「うん」
俺は言われるがまま手を洗って荷物を片付けると、リビングの椅子に座った。
森子さんと食事をしている間は、何も考えなくていい。そんな気がする。少しだけもやもやした気持ちが落ち着いたことに安堵しながら、夕食を口に運んだ。
今夜のハンバーグはほくほくとしていて、味も俺の好きなデミグラスソースだ。森子さんはケチャップをかけるのが好きらしいが、俺に合わせてデミグラスソースをかけている。
「これはこれでおいしいね。だけどケチャップも捨てがたい」
「ああ、うまい。今度は森子さんの好きなケチャップにしてくれ。森子さんのお手製ケチャップも好きなんだ」
「そうさせてもらうよ」
コツコツコツと、フォークやナイフが皿に当たる音が聞こえる。たった二人きりの食事は、いつもこんな感じだ。
それでも孤独を感じないのは、やっぱり森子さんが傍にいてくれるからだろう。
少し話してはまた食事に戻る。決して長い会話ではなくても、この時間が、俺は大好きだ。
「空。何かあるなら言ってほしいよ」
「……」
突然、森子さんは俺の心を探るように声をかけた。
この人に自分が抱えている気持ちを隠すのは、できないようだ。
ずっと一緒に居る家族だもんな。元々俺の心は壊れやすかったし、些細なことでも森子さんは気が付いて、何度も相談に乗ってくれている。
「黙ったってことは、何かあるんだろ。友人関係かい?」
「……そう、なのかな。いや、どうだろ。自分関係か」
イマジナリーフレンドのことを森子さんには説明できない。
それでも、相談してもいいのだろうか。
森子さんになら、何かを期待しても――。
「……ごちそうさま」
いや。これは自分自身で考えることのはずだ。
自分以外に答えを求めちゃいけないことなんだ。
それに、イマフレのことを隠しながらどうやって話せばいい? 俺は頭が良くない。どうやって話すかなんて、考えられなかった。
「ごちそうさま。……まあ、嫌ならいいけどね。空にはきっと、他に相談できる相手がいるはずだから」
そういえば、入学して早々、森子さんには言ったっけ。友達ができたって。
「……いないよ」
もういないんだ。その友達は。
俺の前から姿を消した。
「もう、いないんだよ」
俺は森子さんに聞こえないように、もう一度そう言い残して自分の部屋に向かった。
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