46――声

すれ違いざまに振るった剣が厄災の肉体に食い込み、切り裂く。

だがそれは極小さな物だ。

ブーストと業魔の剣の力をもってしても、その表皮を浅く傷つけるのが限界だった。


硬い。

硬すぎる。

ヤバいぞ。


これ……絶対に無理じゃないか?

自分が化け物に蹂躙され、命尽きるヴィジョンが脳裏に浮かぶ。


って、まだ一撃加えただけだ!


たまたま硬い部位だったかもしれない。

弱点がきっとあるは――


【何故だ!?】


その時、脳裏に聞き覚えの無い悲痛な声が響く。

何だこの声は?


【騙したのか!!】


再び――


【死にたくない!】


【助けて!】


【いや、近づかない!】


【殺す!殺してやる!】


【お前より俺の方が!!】


次々に、怒りや悲しみの籠った強烈な叫びが頭の中で木霊する。


何だこれは一体!?

鳴りやまない声に、俺は頭を抑える。


くそっ!

何だってんだ!?


「カオス様!!」


内からではなく、外からの声。

サラの声に反応して、ふらつきながらも顔を上げる。

見ると、すぐ目の前まで厄災の欠片が迫っていた。


「テンペスト!」


サラの放った魔法が化け物に横から直撃する。

だが奴は止まらない。

嵐を突っ切り、真っすぐに此方へと突っ込んで来る。


「くそっ!」


声は止まってくれない。

だがそんな事を気にしている場合じゃない。

俺は歯を食い縛って叫びによる頭痛に耐え、奴の突進を横っ飛びで躱す。

と同時に剣を薙いだ。


「ごあぁぁぁぁぁぁ!!」


先程は薄皮を裂くので精一杯だった一撃。

それが軽々と奴の片腕を切り飛ばした。

片腕を失った魔物は、勢いで顔面から地面に突っ込みごろごろと転がっていく。


「手が弱点なのか……いや、そんな訳……」


体を動かした影響だろうか?

さっきよりもボリュームが下がり、声自体の数が減っていた。

お陰で大分ましだ。


つか、一体この声はなんだってんだ?


「なんだ!?」


厄災の欠片から黒い靄が飛び出し、それが手にした業魔の剣に吸い込まれていく。

それはまるで、剣が相手の力を吸収している様に見える。


「うぐっ!?」


【お前さえいなければ!】

【こんなバカな!】

【俺の物だ!】

【貴様さえいなければ!】

【父さん、母さん許してくれ……】

【こんなはずじゃなかったんだ!】


再び頭の中の声が大きくなる。

その数も尋常ではない。

鳴り響く巨大な鐘の中に頭を突っ込んだかの様に、声が四方八方から鳴り響いた。


くそっ!

くそくそくそくそ!

何だってんだ!!


馬鹿みたいに声が響きまくる。

無数の声は重なり合い、ノイズとなって俺の頭を叩く。

脳みそが破裂しそうだ。


これは一体なんだ?

まさか剣のせいか?


剣は厄災の欠片から何かを吸収していた。

その途端に頭の声が炸裂した事を考えると、原因はそれ以外考えられない。

考えれば、最初の声も剣で相手を切ってからの出来事だ。


「ぐ……うぅ……」


「カオス様!」


サラ達が心配して、急いで俺の元に駆け付けてくれる。

だが俺に三人に話しかける余裕はない。

ただただ、頭の中の声が去る事を願って苦痛に耐え続けた。


≪ダークマターを≫


頭の中の怨嗟の声に、一言、静かだが確実に俺の意識を掴んだ声が響く。

それはダークマターと言っていた。

その声がいったい何なのかは分からない。

効いた事がある様な気もするが、今はそれを考えている余裕すらなかった。


だけど、その声こそが救いの声だと。

俺はそれに縋る。


「ダークマター!!!」


俺は手を伸ばし、何とか発動させる。

辛うじて見えた、再度此方へと突進してくる厄災の欠片に向かって。


「カオス様!凄いです!」


ダークマターを放ち続けると、頭の中の声が小さくなっていき。

やがて完全に消える。

落ち着いて前を見ると、俺の放ったダークマターよって化け物の体は穴だらけのズタボロになっていた。


「素晴らしい威力です。感服しました」


通常のダークマターではこうは行かなかったはず。

恐らく――いや、間違いなく剣が吸収した力の影響だ。

そうでなければ、きっと普通に弾かれてしまっていただろう。


「げっ!?」


俺は思わず声を上げる。

何故なら化け物の体から黒い靄が立ち昇り、俺の手にした剣へと飛んで来たからだ。

俺は咄嗟に剣を手放そうとするが、まるで掌に吸い付いているかの様に離れない。


再び大音量が脳内で響きだす。


「くそったれ!ダークマター!!」


俺は体力の続く限りダークマターを放ち続ける。

頭の中に響く声を消す為に。


途中、「ぐわああぁぁぁ」という男の声が聞こえた。


声が収まってから確認すると、ダークマターに貫かれた死体が近くに転がっていた。

黒衣を纏い、掌に独特の魔法陣が描かれていたので闇の使徒で間違いないだろう。

どうやら流れ弾に当たって命を落としてしまった様だ。


間抜すぎだろ。


疲れ果てた俺は転移で宿に戻り。

その後、三日間ほど意識不明で過ごす事になる。

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