39――研究所

帝国が剣を求めていた理由は、予想通り厄災から国を守る為だった。


「これです」


俺は剣を革袋から取り出し、テーブルの上に置く。

幻獣に剣を渡された時点では鞘が無かったので、今は急ごしらえの木で作った物に納めてある。


「これが業魔の剣」


アイレンさんは眼鏡の縁を指でクイッと上げ、興味深げに繁々と剣を眺める。

そして剣に手を伸ばし、掴もうとすると――まるでアイレンさんの手を拒むかの様に剣全体に電光が走り、伸ばしたその手を弾いてしまう。


「ひゃっ!?いったぁぁぁ……」


相当痛かったのだろう。

彼女は涙目で弾かれた手をもう片方の手で押さえていた。

見た感じ怪我はしていない様に見えるが、弾かれた手からは湯気の様な物が上がっている。


「だ、大丈夫ですか!?」


「え、ええ……大丈夫です」


アイレンさんは指先にふーふーと息を吹きかける。

暫く続けると落ち着いたのか、彼女は大きく溜息を吐いてから口を開いた。


「どうやら、私では触れられないみたいですね。ないとは思いますけど……何か仕掛けました?」


「いやいやいや!何も仕掛けてませんよ!」


もちろん心当たりはない。

そもそもアイレンさんに嫌がらせをする様な理由など、俺にはないし。


「ですよね……となると剣の防御機能。もしくは、カオスさんに剣を託した幻想種が何か仕掛けたという事でしょうか」


剣の機能なら俺も弾かれそうな物だから、多分幻獣が何か仕掛けていたのだろう。

俺に厄災を倒せって渡した訳だし、他の人間に触れられない様にしてあってもおかしくはない。


「取り敢えず、色々と確認してみたいので。剣を持って研究室にまで付いて来て貰っていいですか?」


「えっ!?いいんですか?」


国の研究室と言えば、基本部外秘だ。

そこへ研究員でもない他国の人間を入れるのは、普通ならまずありえない。


「まあホントは不味いんですけど……あなたしか触れられない訳ですし。流石に触れないから何も調べられませんでしたじゃ、上も納得してくれないでしょうから」


機密と、上への報告を秤にかけた結果の様だ。

剣を手に持った俺は彼女に連れられ通路を進み、階段を降りる。

階段のどんつきには手すりのついた扉があり、その先は真っ白な通路となっていた。


更にまっすぐ進むと、再び扉に突き当たる。

但し今度は手すりが付いていない。

彼女が手を翳すと、扉はスッと音もなく開いた。


「!?」


自動扉だ。

それも多分、セキュリティ機能付きの。


「ふふ、驚かれました?」


「え、ええ……」


もちろん驚いた。

ただしアイレンさんの質問に対し、俺の返答には少々ずれがある。

俺が驚いたのは、まるで現代社会にある機器の様だと思ったからだ。

単に扉が勝手に動いた事による驚きではない。


研究室への扉は二つある様だった。

扉の先は正方形の狭い空間で、その奥に両開きの扉が見える。

アイレンさんが横壁にあるセンサーの様な物にポケットから出したカードを翳すと、今度の扉も両サイドに自動で開いていく。


「ここが研究室です」


開いた扉の先は白一色の場所だった。

壁紙や天井は全て真っ白で、並んでいる棚や機械?類さえも白一色で統一されている。

流石に瓶やフラスコに入った液体は白ではなく、毒々しい色をしているが。


正に、ザ・研究室といった様相の場所だ。


室内には白衣を着た男女が一組、白い椅子に座っていた。

当然彼女達の視線は異物たる俺に集中する。


「質問っす!アイレン主任!其方の方はどなたっすか!」


変な語尾を付けるショートカットの女性が、手を勢いよく上げてアイレンさんに質問した。

その際、彼女の胸の大きな膨らみがバインと揺れたのを俺は見逃さない。


花丸を上げよう。


「彼は業魔の剣の所持者よ。パール」


「え!見つかったっすか!初代皇帝の遺産が!?」


パールと呼ばれた女性と、その隣に座っていた眼鏡の男性が揃って立ち上がる。

剣が見つかった事に余程驚いたのだろう。


しかし今、パールという女性は業魔の剣を皇帝の遺産と言っていたな。

どういう事だろうか?


「ええ、そうよ」


「なんとそれは素晴らしい!ですがそれはそれとして、どうして部外者をここへ?」


男性はいぶかし気な眼差しで俺を見つめる。

知らない人間をいきなり機密度の高い場所に連れてくれば、まあ周りの反応はそうなるだろう。


「この剣は彼にしか触れる事が出来なから、業魔の剣を調べるために彼ここまで来て貰ったのよ」


「な、ななな!なんと!?所有者を選ぶ剣という訳ですか!流石は伝説の魔剣です!」


アイレンさんから理由を聞かされ、男は興奮して声を張り上げる。

一体何が彼を駆り立てるのか?


「是非剣を拝見させて頂きたく――あぎゃっ!?」


男が興奮気味に駆け寄って来た。

そして彼は俺の手の中にある剣に触れ様として、防御機能?によって盛大に吹き飛ばされる。


「あいだだだだだだ……滅茶苦茶痛いでござる………」


「はぁ……彼にしか触れないって言ったでしょ」


涙目で唸る男の様子を見て、アイレンさんが溜息を吐いた。

彼はどうやらおっちょこちょいの様だ。


研究者が迂闊とか……適正としてはアレじゃないかという気がしてないらないのだが?


「カオスさん。剣をその上に置いて貰っていいですか?」


「あ、はい」


大きな白いテーブルの上に、鉄板を乗せた器具が置いてある。

足元に置くタイプの体重計の様な見た目だ。

俺はその鉄板の上に言われた通り剣を置く。


「パール。お願い」


「ラジャッス!マジカルスイッチ!オン!」


パールさんが掛け声とともに、器具の横にある青いスイッチを入れる。

その所作にマジカル要素は皆無だ。

まあ器具は間違いなくマジックアイテムだろうから、全く見当違いの掛け声では無いのかもしれないが……凄くあほっぽい。


この研究室、大丈夫か?

殺気の事もあってか、思わずそんな不安に駆られてしまう。


「ああ、すいません。知らない人が見たらびっくりしますよね。でも彼女達、ああ見えて凄く優秀なんですよ」


「そうなんですか?」


俺の表情に気づいたのだろう。

アイレンさんが苦笑いで説明してくれる。


「それで、一体何を調べられるんですか?」


鉄板には魔法陣が浮かび上がり、色とりどりの光を放っている。

魔法的なチェックなのだろうが、俺にはそれが何を調べているのかさっぱりわからなかった。

まあ部外秘だろうから答えて貰えない可能性も高いが、一応聞いてみた。


「原理はお応えできませんが、あれは剣にかかっている魔法の力を調べるマジックアイテムです」


「解析完了っす!」


マジックアイテムからはケーブルの様な物が伸びており、それは壁面のモニターの様な物に繋がっていた。

その画面には、解析不能とでかでかと表示されている。


俺しか持てない事を考えると、魔法が掛かっていないって事は無いはず。

にも拘らず解析不能と表示されているのは、使用したマジックアイテムの効力では判定できないレベルの魔法がかかっていると言う事だろう。


しかし研究室と言い、このマジックアイテムと言い。

見た目だけは本当に科学的な物に見える。

極端に進歩した化学は魔法に見えると言うが、まさにその逆バージョンと言った感じだ。


「ふーむ、これではだめですか……本部に行けばもっと強力な魔法解析のアイテムがあるのですが」


アイレンさんが俺の方をちらりと見た。

できればそこに来て欲しい、と、その顔には書いてある。


「別に行くのは構いませんが、でもそこに俺は入れないんじゃないですか? 」


帝国の様する研究所の本部などに、一般人が入れるとは到底思えない。

仮に入れたとしても、目隠しして拘束される様な形になりそうだ。

下手したら、成果が出るまで拘束される可能性すらもある。


……正直、そこまで彼女達に協力する気にはなれない。


帝国で発生する厄災を倒すには、帝国と協力するのが一番だ。

だからアイレンさんの元へとやって来た。


けど俺はこの国の人間じゃないからな。

理不尽な仕打ちを受けて迄、この国を守ろうなんて気は更々なかった。


言い方は悪いが、帝国側が友好的に協力する姿勢がない様なら、彼らが矢面に立って弱らせた厄災を相手にする立ち回りで行かせて貰うつもりだ。


「今からちょっと本部に確認をしてきますので、カオスさんは二人の指示に従って貰っていいですか」


「わかりました」


「二人は解析の続きををお願いね」


「ラジャッス!」


「お任せあれ!」


彼女はそう言うと、研究室から出て行った。

さて、どうなる事やら。


「それじゃ、次はあの箱の中に入れて欲しいっす!」


「ああ、はい」


取り敢えずアイレンさんが戻ってくるまで、俺は研究員の二人の指示に従って剣を色んな魔法器具へと運ぶ。


暫くすると、彼女が帰って来た。

だがその呼吸は荒い。

どうやらここまで走ってきた様だ。


何かあったのだろうか?


「カオスさん……あの、いいですか。驚かないでください」


「あ、はぁ……」


彼女の必死な形相に、俺は間抜けな返事を返す。


しかし驚くな……か。

まああれだな。

何かわからんが、ヤバそうな言葉が出てきたら転移でさっさとおさらばするとしよう。


「皇帝陛下が此方へ来られるそうです!あなたに逢うために!」


「……ふぁっ!?」


余りにも想像外の言葉に、俺は変な声をあげてしまう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る