43――手合わせ

「どうした、その程度か?」


帝国の役場には広い中庭がある。

そこで俺は皇帝の護衛であった四人の内一人と手合わせしていた。

皇帝――レイア・ガノッサに腕前を見せて欲しいと頼まれたからだ。


対戦相手は、護衛の中で最も高齢の人物だった。

白髪が目立つので、50代後半と言った所だろう。

だがその体つきは加齢による衰えを一切感じさせない鍛え上げられた物であり、その技量は圧倒的だった。


皇帝の護衛を務めるだけあって、とんでもない実力者だ。

他の5人も彼に近いレベルだと考えると、たった6人という少数にも頷ける。


「陛下は貴様を英雄と見込んでいる様だが、あの方は夢想家の毛が強い。貴様が紛い物であるなら、ここで貴様に引導を下す。そして剣は私が使わせて貰うぞ」


剣を合わせながら、相手が周囲に聞こえない程度の小声で脅しをかけて来る。

まあ確かに、今の俺が業魔の剣を使っても当てにならないと思うのは仕方がない事だった。


なにせ相手は相当手加減している様な有様だ。

これで俺に期待してたら、完全に頭のおかしい人物でしかない。


「く……」


力強く踏み込み、素早く剣をるう。

だがその全てを軽くいなされ続ける。

本当に手も足も出ない。


今俺が装着している宝玉は、サブにダークマターを付けた混合Lv10だ――これは常時取り込んでいる。ダークマター付きを紛失したらシャレにならないから。

ドラゴンスロットの方には、エルフの村で新調した宝玉、金剛Lv10と力Lv5の合成宝玉を身に着けていた。


倍率的には筋力が3,25倍。

それ以外は2,2倍に強化されている感じだ。


かなりの高倍率と言っていいだろう。

にもかかわらず、身体能力の面で俺は相手に圧倒されてしまっていた。

技量においては言うに及ばずだ。


相手も相当数な宝玉を身に着けているか。

そもとも根幹の能力差か。

どちらにせよ、今のままでは子ども扱いされて終わるだけだ。


仕方ない――ブーストを使おう。


全力を出し切る必要があるかどうかは分からないが、何も出来ずにやられるのはやはり悔しい。

それに皇帝には、報酬として闇の使徒の情報をおねだりしている。

少しはいい所を見せても罰は当たりらないだろう。


「ほう、何かあるようだな。隠し玉が」


雰囲気の変化を機敏に察知したのか、相手は後ろに跳ねて俺から間合いを離した。

その眼差しは鋭く、真っすぐに此方を見据えている。

どうやら向こうも本気を出す気の様だ。


「ええ、さっきまでとは違いますよ」


ブースト時、ドラゴンスロットの効果は4倍――暇な時に色々と調べてほぼ確定――になる。

しかも本来加算扱いの同種であっても、ブースト中は全てが乗算へと変わる仕様だ。

そのため、使用中はマスタリースロットの上限である4倍を大きく上回る力を俺は発揮する事が出来た。


それは正に絶大な効力と言っていいだろう。


ブースト発動時の倍率は、全ての能力が4,68倍。

パワーに至っては18,72倍まであがる。

他の能力はともかく、ことパワーに関しては今の俺の右に並ぶ物は居ないだろう。

ハッキリ言って、人外レベルだ。


「いきますよ!」


地面を強く蹴る。

極限まで高められた脚力は大地を爆発させ、俺の体を一瞬で相手の目の前まで運ぶ。

この勢いのまま剣を振ってもいいのだが、それだと多分相手を殺してしまう。


俺は一旦足でブレーキをかけ、相手の目の前で止まる。


「ふっ」


一瞬動きの止まった所に、横薙ぎの一撃が飛んできた。

俺は膝を深く曲げてしゃがみ込む様にそれを躱し、その姿勢のまま剣を振るう。


相手の手にした剣に向かって。


「なっ!?」


不自然な恰好から繰り出される無理やりの一撃。

普通なら全くパワーの乗るはずのないその攻撃は、俺の出鱈目な筋力によって渾身の破壊力へと変わる。


低い位置から振るった俺の剣が、相手の剣をかち上げる形で接触。

だがその剣は弾かれる事無く粉々に砕け散った。


「はっ!」


俺は姿勢を一瞬で戻し、手にした剣の切っ先を相手の喉元に付きつける。

これで勝負ありだ。


「参った。完敗だ」


これがプライドの高い頑固爺だと「今のはまぐれだ!認めん!もう一度勝負しろ!」とか言い出しそうではあるが、流石皇帝に直接使える護衛だけ会って潔い。


「先程は失礼な事を口にした。どうか許して頂きたい」


「気にしてませんよ」


本気で殺しにかかられてたら憤慨物だったが、明らかに言葉による脅しだけだったからな。

それだって、俺の本気を引き出す為の物だ。

それが分からない程俺も馬鹿ではないさ。


「見事よ、カオス。帝国屈指の実力者であるガープスを圧倒するなんて、流石は私の将来の伴侶だけはあるわ」


皇帝は満面の笑顔で此方へとやって来る。

俺の強さに満足してくれた様だ。


「お誉めに頂き、有難うございます」


将来の伴侶の部分は敢えてスルーしておく。

正式なお断りは、厄災討伐後で構わないだろう。

まあそこで揉める様なら、闇の使徒の情報を頂いた後に転移でトンズラするまでの事。


最悪厄災さえ倒せていれば、相手も国を挙げての指名手配なんて無茶はして来ない筈だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る