2――卒業

女神の祝福マスタリースロットは人が生まれてくる際に、神より与えられる祝福だ。

そこに宝玉を宿らせる事で、人は強力な力を得る事が出来る。

そしてその力が強力であるため、スロットの数がそのまま本人の才覚とこの世界では判断されていた。


現在確認されている最低数は1であり、最大数は10個。

平均数は正確に計測をされてはいないが、大体3~4個と言われている。


――――――


「よおニート。お前、卒業らしいな」


王宮の離れの離れ。

そのまた離れの庭で、花壇を眺めながら黄昏ていると急に楽しげな声を掛けられる。

振り返るとそこには金髪金目の男――第40王子あにであるブジョク・シタイネンが、顔ににやにや笑いを張りつかせて立っていた。


表情を抜きにしても、ブジョクは狐目の見るからに意地悪そうな顔をしている。

その上で更に嫌味ったらしい口調で話しかけて来るから、イラつく事この上なしだ。

とは言え、揉めるのは不味い相手なので、俺は軽く深呼吸して気分を落ち着かせた。


「そうらしいです」


卒業とは、言ってしまえば放逐の隠語である。

名目上は王家を旅立ち独り立ちするという物ではあるが、実際は只の厄介払いでしかない。

その証拠に、放逐された物は王族だったという経歴自体抹消されてしまう。


「ほら、これは俺からの選別だ」


ブジョクが小さな革袋を、俺の座っているベンチに放り投げた。

軽い音を立てて落ちたそれを手に取り、口を開けて中を検める。


「それで美味いもんでも食べな」


中には小銅貨が10枚入っていた。

日本円に換算すれば100円ぐらいだ。


「ありがとう、兄さん」


何が美味い物だ。

こんなんじゃ、安物のパンしか買えねぇじゃねぇか。


完全に嫌がらせ以外の何者でもないが、此方は追放される身。

伯爵家の後ろ盾を持つ第40王子に噛みついても碌な事にはならないので、黙って怒りを飲み込んだ。


「他の奴らにも餞別をくれてやらなきゃならないから、俺はもう行くぜ。ま、精々頑張れよ!はははは」


兄はさも楽しげに笑いながら去って行く。

どうやら他の卒業組の兄弟達にも、嫌がらせをしに行く様だ。

仮にも半分は血が繋がっている弟の窮地だというのに、わざわざ嫌味を言って周るとか本当に良い性格をしてやがる。


しかし……


今日を最後に王宮を出る、か。

もう何日も前から覚悟していた事だが、生まれ育った場所を離れるのはやはり物寂しいものだ。


いっそ自分の能力を公開すべきか?

そんな思いが一瞬頭を過る。


俺は転生者だ。

前世は社畜とまではいかないまでも、余裕のない人生だった。

だから女神様に王族への転生を打診された時、俺は小躍りして喜んだ。

これでだらだら人生イージーモードだと。


だが世の中、甘くはなかった。


母は庶子。

王子としては333番目。

しかもマスタリースロットは前代未聞の1ときている。

流石にこれだけ悪条件が揃うと、王子と言えど王宮の中でかなり肩身の狭い思いをさせられてきた。


まあそれでも、腐っても王子だ。

そこそこレベルの生活は出来ていたので、大きな問題は無かった。

だが数日前、突如王宮を出る様通達されてしまう。


しかも母の葬儀の直後にだ。

血も涙もない通告とはまさに事だろう。


「やめとこ」


転生チートの事に関しては、秘匿しておく事にする。

強力な力であるため、それを見せれば王宮に残れる可能性は十分にあるだろう。

だがその行動は、同時に高いリスクも含む物でもあった。


特殊な力。

それは言ってしまえば異端の力だ。

バレれば中世ヨーロッパで魔女狩りがあった様に、俺がその対象とし火炙りにされかねない。


「ま、大丈夫だろう」


重苦しい気分を振り払う様に、これからの生活に対して俺は気楽な言葉を口にする。

何せチートがあるのだ。

大っぴらに使うのは危険だが、強力な力なので外での生活もきっとどうにでもなる筈だ。


勿論せこせこと前世の様に働く必要は出て来るが、それでも火炙りになる様なイチかバチかの賭け出るよりかは遥かにましだろう。


「さて、出発するか……」


転生してもまた、労働の日々に戻るのかと思うと正直憂鬱だった。

しかし嘆いていても、時間は待ってはくれない。

覚悟を決めて進むしかないのだ。


この日、俺は荷物を纏めて王宮を出て行った。

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