16――兄
「ギャラルホルン……ですか?」
「ええ」
ギャラルホルン。
それはサラの里を襲った、黒尽くめの男達が口にしていた言葉らしい。
取り敢えず他に当たる当ても無いので、俺はギルドの受付に朝一で顔を出して聞いてみた。
まあ駄目元って奴だ。
「申し訳ありません。私は聞いた事が御座いません」
「そうですか。じゃあ依頼を――」
ギルドでは、仕事を受けるだけではなくお金を払って依頼する事も出来た。
個人で探すのは無理がありそうなので、情報収集の依頼を頼もうとしたのだが、急に背後から声を掛けられた。
「ニート?ニートか?」
それも旧名の方で。
声にも聞き覚えがある。
「兄さん!?」
振り返ると、そこには優に2メートルは超えるであろう筋肉質の大男の姿があった。
俺の腹違いの兄。
ゴーリキ・シタイネンだ。
暫く合わない内にまた一回り大きくなっていて、その体格はガイガー以上だった。
「やっぱりそうか!なんだ!お前冒険者になってたのか!」
「あいだぁっ!?」
本人は軽く肩を叩いただけのつもりだろうが、とんでもない馬鹿力に吹き飛びそうになる。
兄弟一、いや下手をしたら王国一の怪力を持つゴーリキ兄さんは、武道家として高い技量を持つ人物だった。
俺と同じ母親が庶子であるため、子供の頃はよく遊んで貰った思い出がある。
まあ大きくなるにつれ、あまり会えなくなってしまっていたが。
病床の母が亡くなった際も、魔物の討伐で遠征していたため葬儀には出て貰えてはいなかった。
「もうちょっと手加減してくれよ」
今は宝玉を入れているから事無きを得たが、もし入って無かったら冗談抜きで壁に叩きつけられる所だ。
「ははははは!悪い悪い」
悪気なく豪快に笑う。
兄はその見た目通り、脳筋だった。
その為、細かい事をまったく気にしない。
「でもなんで兄さんが此処に?」
ここは冒険者ギルド。
しかもその支店だ。
通常なら、王族が立ち寄る様な所ではない。
勿論王宮からギルドに仕事が発注される可能性も0ではないが、それなら支店ではなく本部に向かうはずである。
それだって、王族が直接やる様な仕事では無いだろう。
「ああ、卒業したからな」
「え!?」
思わず変な声を上げる。
ゴーリキ兄さんは庶子の出ではあっても、その強さはマッチョリー二兄さんと並んで王宮トップクラスと言われている。
だから俺や他の兄弟が卒業させられた時、兄さんはそれを免除されていた。
それが何故?
「父上は俺に軍に入れと言われたのだが、俺は小難しい集団行動はあまり好きじゃないからな。自分の意思で卒業したのさ」
サラっととんでもない事を口にする。
王家の庇護、しかも軍での地位も約束されていたのに……
まあだが、分からなくもない。
兄は自由奔放な人だ。
軍規だ何だと縛られるのが嫌だったのだろう。
「兄さんらしいね。それでこれからどうするんだい?」
「取り敢えず、一人で世界中を回って武者修行する」
脳筋らしい清々しい答えだった。
魔物の出るこの世界で一人旅など、通常ならありえない。
だが兄位の力があれば、きっとどうにでもなるだろう。
「此処に来たのは冒険者になる為だ。冒険者なら、行く先々で仕事を受けて路銀を稼げるからな」
「成程……」
「因みに今の俺の名はリュウだ!」
自分より強い奴に会いに行きそう名前だった。
まあ兄さんはごついとはいえ金髪碧眼のイケメンだから、ビジュアルはどちらかと言えばそのライバル寄りだが。
「世界中を周る……か。凄いな兄さんは」
「ふむ……」
兄は顎に手をやり、少し考えこんでから口を開いた。
「一緒に来るか?お前ひとり位面倒見てやるぞ」
そう言うと、にかっと笑って分厚い拳で、これまた分厚い胸板を叩く。
俺の事を思ってくれての発言だろう。
その気持ちが純粋に嬉しかった。
けど、俺にはサラとの約束がある。
気ままに旅とは行かない。
「ありがとう。気持ちだけ貰っておくよ」
「そうか。まあお前にも考えがあるんだろう」
「うん。あ、そうだ」
俺は腰の革袋を開き、宝玉を取り出す。
それはサラ用に用意したレベル10に強化した混合の宝玉だった。
「ん?宝玉か?」
「もしスロットに余裕があったらこれを使ってみてよ。特殊な奴だから」
旅立つ兄への餞別だ。
きっと役に立ってくれる筈。
「お、そうなのか。悪いな」
ゴーリキ――いや、リュウ兄さんはそれを受け取り、自分の額に当てて宝玉を取り込んだ。
何の宝玉か尋ねもせずに取り込んだのは、俺の事を信頼してくれているからだろう。
まあ単に脳筋だったからともいえるが。
「おー、こりゃ凄いな」
兄が体を捻ったり、手の指を開いたり閉じたりして具合を確かめる。
俺ならそんな動きじゃ違いは感じられなかっただろう。
だが兄は腕利きの武闘家だ。
ほんの僅かな動きでその違いを感じ取ったのか、しきりに感心してみせた。
「いいもん貰っちまったな」
「特殊な宝玉だから、この事は内緒にしておいてね」
俺は口の前で人差し指を立てるジェスチャーをする。
ペラペラしゃべられたら困るからな。
ま、兄は脳筋だがその辺りはしっかりしているので大丈夫だろう。
まあ後ろで受付嬢が興味深げに聞き耳を立てていはいるが、概要は口にしていないので問題なしだ。
「わかった。そうだ、まだ食ってないなら、この後朝飯でもどうだ」
「うん、いいね。じゃあお互いさっさと用事を済ませて、朝食を食べに行こう」
俺は振り返り、聞き耳を立てていた受付嬢に改めて情報収集の依頼を頼む。
ギャラルホルンについてだ。
「ギャラルホルンだと?何でお前がそれを調べてるんだ」
振り返ると、兄が驚いた様な表情を見せていた。
どうやらこの様子だと――
「兄さん、何か知っているの?」
「ああ、まあ一応な」
偶然出くわした兄。
その兄から、俺は襲撃者達の情報を得る事になる。
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