9――供物

目の前に突如現れた巨大なドラゴン。

フォルムは首長竜のそれに近く、その体表は薄っすらとエメラルドに輝いていた。

その耳からは羽毛の様な物が生えており、まるで小さな翼の様に見える。


「我に捧げよ」


再び体の内に声が響く。

恐らくは……いや、間違いなくドラゴンの声だろう。


唖然としていた俺はその声で正気を取り戻し、即座に身を翻してその場を離れようとする。


「――っ!?」


だが、体が動かない。

まるで金縛りに遭ったかの様に。


「ぐ……うぅ……何……が……」


何をされたのかは分からないが、このままでは間違いなく殺されてしまう。

その恐怖から必死に藻掻くが、体はピクリとも動いてくれない。

口だけは辛うじて動かす事は出来たが、それも痺れている様でうまく動かす事は出来なかった。


「ひっ……」


気付けばドラゴンの顔はすぐ目の前にまで迫っていた。

いつ丸飲みにされてもおかしくない距離だ。


「我に捧げよ」


三度俺の中に、ドラゴンの声が響く。


その声はとても穏やかで、落ち着いたものだった。

まるで慈愛の込められた様な優しい声。

だがそれが逆に、俺には薄気味悪く感じられてしょうがなかった。


捧げよ?

命を捧げろって事か?

ふざけんな!!


俺は体を動かす事を諦め、奥の手であるダークマターを発動させる。


スキルは俺の眼前に黒い物体を生み出す。

その物体が何なのかは分からない。

だが俺の意思一つで自在に動くそれは、鋼すらも容易く断ち切る刃と変わる変幻自在の武器だ。


俺はそれを槍状にし、ドラゴンの瞳目掛けて打ち放った。

奴が怯めば金縛りが解けるかもしれない。


そうなったら全力疾走で――


「――っ!?」


そんな考えをあざ笑うかの様に、ドラゴンは大きく口を開き、俺の飛ばした黒い槍をそのまま飲み込んでしまった。


「捧げよ」


「く……そ……」


俺は再びスキルを発動させる。

発動させ続ける。

目の前に黒い槍が次々と精製され、俺はそれをドラゴン目掛けて乱れ打つ。


だがそれらは奴の大きく開いた口の中に全て吸い寄せられ、飲み込まれて消えていく。


「そん……な……」


体から力が抜ける。

息が上がり。

疲労からか膝ががくがくと痙攣しだした。


アクティブスキルは代償なしで無制限に使える様には出来ていない。

その発動には体力や気力、魔力等を必要とする。

その為、全力でスキルを発動させ続けた俺の体力は早々に限界を迎えてしまう。


こんな事なら、スタミナをメインで合成すればよかった……

いや、無駄か……

この様子じゃ、今の数倍打ち込んだ所で意味は無いだろう。


早々に打つ手がなくなってしまった。

俺が戦うには、相手は余りにも理不尽過ぎる存在だ。


――どうやらもう、諦めるしかない様だ。


本当は死にたくなどなかったが、だが一度は死んだ身だ。

2度目の人生を。

夢を見れただけでも良しとするしかないだろう。


俺は覚悟して目を瞑る。


「供物。確かに受け取った。褒美をやろう」


すると再び声が体の中で響いた。

だがそれは今までとは違う、別の言葉だ。


褒美?

何の事をっ――!?


「ぐあああぁぁ!!」


急に左手に激痛が走った。

焼けつく様な痛みに堪らず、俺は苦悶の悲鳴を上げる。

閉じていた瞼を上げ、左手を見ると甲の部分が赤く輝いているのが見えた。


なんだこれは!?


「がっ……あぁ……」


その輝きが一際強く光を放つ。

同時にドラゴンの静かな声が俺の頭の中に響いた。

「さあ受け取るがいい」と。


その瞬間、余りの痛みに意識が途切れ。

俺はその場に倒れこんだ。

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