41――求婚

「随分と分かり易い反応ね」


皇帝の言葉で鎌をかけられた事に気づく。

いきなり転生者なんて言葉を聞かれるとは思っていなかったので、完璧に引っ掛かってしまった様だ。


大失態ではあるが、一番の問題はそこじゃない。

鎌をかけて来たと言う事は、皇帝には転生者についての知識があると言う事になる。

そしてそれは、俺以外の転生者の存在を示唆していた。


彼女は一体どこでその知識を得たのだろうか。

気になる。


「何故転生者の事を知っているのか?って顔ね」


皇帝は俺の考えを読んで、言葉を続ける。


「簡単な話よ。帝国を起こした初代皇帝であるゴウマ・ガノッサは、異世界から転生して来た人間と伝えられているわ」


「!?」


ガノッサ帝国の初代皇帝が転生者……確かに、それならその子孫である現皇帝がその事を知っていてもおかしくはない。


チラリとアイレンさんの方を見ると、驚いた表情で目を見開いていた。

どうやら初代皇帝が転生者であった事を、彼女はしらなかった様だ。


極秘情報。

つまり、一般には知られていない情報な訳か。


「もちろん、今の話は内密にしておいてね。まあ言い触らされた所で、別に痛くもかゆくもないけど」


再び心が読まれた。

お前の思考は単純その物だと言われている様で、少しモヤッとする。


「まあ立ち話もなんだし、そこに座りなさい。ニート・シタイネン王子」


皇帝は旧名で俺を呼び、テーブル類の退けられた中央の広い空間にポツンと置かれた椅子に着席を進めた。

まあアイレンさんも俺が元王家の人間であると知っていたのだ、皇帝がそれを知っていてもおかしくは無いだろう。


だがあくまでも、俺は元ニート・シタイネンだ。

今はそうでない事はハッキリと断っていた方が良いだろう。


「陛下。私は王家からは追い出された身で、今はカオス・マックスと名乗っています。では失礼して」


俺は言われた通り席に着いた。

座ると、構図的にこれから面接を受ける様な錯覚を覚えてしまう。

まあどちらかというと、尋問の方が正解なのだろうが。


「貴重な異世界からの転生者を放逐するなんて、シタイネン王家は馬鹿な事をする物ね」


「王家には伝えていませんでしたから」


彼女は異世界人についてどれぐらい知っているのだろうか?


まあ仮に全て知っていたとしても、それは祖父であるゴウマ・ガノッサの話だ。

必ずしも俺と同じ能力――宝玉の合成――の持ち主とは限らない。


可能な限り能力は伏せておくとしよう。

現状では危害を加えられていないだけで、帝国がこの先も俺に害をなさないとは限らないからな。


「へぇ、それは何故かしら?」


「俺は王家の末端で、立場が非常に弱かったからです。変な事を口走れば、頭がおかしくなったとして最悪処刑もあり得ましたから」


「成程ね」


納得してくれたかな?

まあ嘘は言っていないからな。

そこを疑われても困る。


「此方からも、ひとつお伺いしてもいいでしょうか?」


どうしても聞きたい事があった。

状況的に少々此方からは話しかけずらかったが、俺は意を決して尋ねる。


「いいわ、言ってみなさい」


「陛下は俺を転生者では無いかと疑われたから、私に鎌をかけられたのですよね?理由を聞いても宜しいですか?」


前提の知識があったとはいえ、何故転生者と疑ったのかその理由が分からない。

それを俺は知りたかった。

知っておかないと、この先他でも馬脚を現す原因になりかねないからだ。


「貴方の手にしている剣よ」


「これですか」


業魔の剣を繁々と眺める。

何故これを持っていると、転生者という事になるのだろうか?


「その剣は、曾祖父であるゴウマ・ガノッサが厄災を倒す際に使っていた物よ。名前からも分かる筈よ」


「えっ!?これが?」


剣の名前と初代皇帝の名前、それが同じである事には指摘されて初めて気づいた。

俺はきちんとした教育を施されていないので、ガノッサの初代皇帝のフルネームはさっき初めて知ったばかりだ。

まあ気付かなかったとしてもしょうがないだろう。


しかし――


「この剣で厄災を……」


その話が本当なら、この剣には厄災を滅ぼす力が秘められている事になる。

だからアレインさんはこの剣を探し、幻獣はこの剣で倒せと言ったのか。


「それは転生者である曾祖父が、神から授かった剣と言われているわ。そしてその剣は今あなたの手にあり、しかもあなた以外触れないと来ている。なら考えるまでもないでしょ?」


「成程。答えて頂いてありがとうございます」


神から転生者に与えられた剣。

それを俺だけが触る事が出来るのだ。

疑うのは当然か。


まあだが、それは初代皇帝の事を知っているからこその発想だ。

他の人間が、特殊な剣を持っているという理由で、俺が異世からの転生者と疑う心配は無いさそうだ。


「聞きたい事はそれだけかしら?」


「あー……もう一ついいですか?」


「何かしら?」


もう一つ気になっている事があった。

それは迷宮内に何故業魔の剣があったかだ。

しかも幻獣の額に刺さっていたし。


皇帝が持っていた筈の物が、何故そんなところにあったのか?

それが疑問だった。


しかも研究者であったアイレンさんが、その探索を担当していたし。

厄災対策として探すのなら、冒険者を雇ってなんて真似ではなく、軍を動かすべき事案のはず。


そう考えると、分からない事が多い。


「何故迷宮に剣があったのでしょう?」


「痛い所を突いて来るわね」


彼女は額に手を当て、小さく溜息を吐いた。

何が痛い所なのだろうか?


そして護衛さん。

殺気の籠った視線を俺に向けるのは止めて下さい。

別に皇帝を困らせる為に質問した訳じゃないんで。


「初代皇帝は、結構ふざけ――破天荒な人物だったらしいのよ。自分の息子。まあ祖父の事なんだけど。剣が欲しければ見つけて見せろって、隠してしまったのよ」


「それで迷宮に?」


「ええ」


宝剣のに近い物を迷宮に隠すとか、確かにふざけた行動だ。

どうやらかなりファンキーな人物だったらしい。


「それで何十年も探して、迷宮にあると突き止めた訳ですか」


「ふふ、まさか」


皇帝が楽し気に笑う。

俺なんか変な事言っただろうか?


しかし――よく見ると、びっくりするくらい綺麗な人だな。

美人の多いエルフの中でも、ここまでの美人はいなかった。


特に肌がきれいだ。

皇帝の肌は、本当に透き通る様にきめ細かい


「祖父は剣を探そうともしなかったそうよ。父も、そして私もだけど。けど、少し前に厄災発生の兆候がこの国で見られたの。それで急いで当時の文献を紐解いて、迷宮にある所まで突き止めたって訳。流石に何十年も探し回ったりはしないわよ」


成程。

剣が迷宮にある理由と、最近になって調べだした理由は合点する。

だが重要だと分かっていながら、アイレンさんに丸投げした理由が分からない。


「なんでもっと大々的に探してないのか?そんな顔してるわね」


「ええ、まあ……」


また心を読まれてしまった。

まあ質問する手間が省けたと思っておこう。


「理由は二つあるわ。一つは……実は今、微妙な情勢なのよね。この国うち。少し前に大きな改革をしたせいで、貴族連中とぎくしゃくしちゃっててね。そのせいで大々的に軍を動かすのが難しいのよ」


厄災が出るかもしれない状況で貴族を敵に回すとか……

この人も大概だな。


「あ、厄災が現れるかもしれないのに何やってんだって突っ込みは無しよ。厄災の兆候に気づいたのはその後だったから、正に後の祭りって奴よ」


タイミングが悪かったという訳か。

まあそれなら仕方が無い。


「もう一つは、予兆の観測精度よ。これが実は結構低くて、外れる可能性の方が高かったの。正直な所、私も貴方の存在を聞かされるまで多分大丈夫だと思ってたぐらいだし」


「成程」


来ない可能性が高い。

そう思っていたなら、諸侯を刺激してまで探索する様な真似はしないだろう。

アイレンさんに探索を命じたとのは、一応念のためと言った所だろうか。


しかし、話してみると拍子抜けする程フレンドリーな皇帝さんだ。

うちの父親が鷹揚な態度をとる人物だったのもあって、もっとお堅い相手を想像していたのだが、拍子抜けである。


あと、尋問されるとばかり思っていたのだが、蓋を開けてみれば俺が完全に質問する側になっていたな。


「聞きたい事はもうないかしら?」


「はい、俺からはもうありません」


まあ実は一番聞きたかったのは、何故皇帝が自ら俺に会いに来たのかと言う事なのだが、それはこれから教えてくれるだろう。


しかし……この人本当に皇帝なのだろうか?

いくらなんでも砕け過ぎた軽い態度に、そんな疑問が浮き上がって来る。


若い女性だと言うのは知っていたが、俺も顔までは見た事がなかった。

そう考えると、影武者であると考えた方が自然なのかもしれない。

出なきゃ、帯剣した余所者を皇帝と同じ空間に入れたりはしないはずだ。


「言っておくけど、私は正真正銘本物よ」


また心が読まれた。

この人、エスパーか何かかな?


「アイレンには、一度会った事があったわよね。私が本物だと、彼に証明してくれるかしら」


「は、はい!陛下は間違いなく陛下であられます。」


俺の背後で膝を付いていたアイレンさんが急に皇帝に声を掛けられ、裏返った声で返事する。

偽物にここまで緊張するかと言えば疑問だった。

つまり、目の前の女性は正真正銘皇帝と言う事になるな。


「さて、身の証明も済んだ所で本題に入りましょう」


皇帝は口元に拳を当て、小さく咳払いした。

そして席から立ち上がり、俺の方へと歩いて来る。

傍仕えの兵士達が一緒に動こうとするが、彼女はそれを手で制し、俺の目の前までやって来た。


一体何を……


「ニート・シタイネン。貴方を私の伴侶に指名するわ」


「…………は?」


彼女が何を言っているのか。

それが上手く呑み込めず、俺は変な声を上げた。

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