18――右手
「……」
久しぶりにやって来たスライムの森。
そこに足を踏み入れた俺は、ちょっとばかし緊張してしまう。
俺は此処で――正確には別の場所らしいが――ドラゴンからスロットの力を授けられている。
それ以来、この森には来ていなかった。
ぶっちゃけ、怖かったからだ。
俺からすればあのドラゴンとの邂逅は、恐怖体験でしかない。
それに力を貰ったとはいえ、次も同じようにフレンドリーな対応をしてくれるとは限らないからな。
次に合った時は頭から急にバクリといかれて……そう考えると、此処に足を向ける気にはなれなかったのだ。
……まあ、覚悟を決めるとしよう。
俺は深呼吸してから、森の中を歩き始めた。
その直ぐ後ろをサラが黙って付いてくる。
彼女の様子を気にしながら歩いていたが、森をホームとする種族だけあって難なく俺の後をついて来る。
流石はエルフだ。
「えーっと……着いたみたいだ」
暫く進むと、俺達は美しい湖畔に出た。
スライムの森には汚い沼はあっても湖はない。
つまり、幻獣の元に辿り着いたという事だ。
正直、ちょっと驚いた。
ギルド長のガイガーは、幻想種はめったに人前に姿を現さないと言っていた。
だからここへは駄目元でだったのだが、あっさり辿り着いて拍子抜けしてしまう。
俺が眷属扱いだからだろうか?
「水辺から……聖なる……気配が」
サラは何かに気づいた様だ。
勿論俺は何も感じない。
本当に眷属だと言うなら、何か感じられそうなものだが。
まあそれはいい。
俺は緊張しつつ、湖へとゆっくりと近づく。
すると湖面に黒い影が現れ、水しぶきと共にドラゴンの頭部が湖から突き出された。
「幻獣様……」
サラはエメラルドグリーンの美しい幻獣の前で跪いて、手を握り合わせる。
お祈りのポーズと言う奴だ。
俺はと言うと、少々及び腰だった。
また前回の様に、動きを止められてしまうんじゃないかと思って。
だがその様子はない。
どうやら今回は大丈夫な様だ。
「捧げよ」
ドラゴンは、以前と同じ様に声を掛けてくる。
正確には俺の中から声は響いているので、サラにはどうやら聞こえていない様だ。
その証拠に彼女は微動だにしていない。
「分かったよ」
取り敢えず、俺はダークマターを生み出してドラゴンの顔面目掛けて飛ばす。
前回はこれで良かったんだ。
今回もきっと同じだろう。
案の定、ドラゴンは強大な咢を全開させ、飛んでくるダークマターを飲み込んでいく。
一瞬、ブーストを発動させて威力を上げたらどうなるだろうか?
そんな馬鹿な考えが頭を過る。
まあやらないけど。
仮にそれでダメージが通ったとしても、ドラゴンを怒らせるのは目に見えている。
そうなったら冗談抜きで頭から丸かじりされかねない。
「こ、これでいいか?」
ある程度打ち込んだところでダークマターを止める。
一応前回と同じぐらいだ。
前はガス欠になってしまったが、ドラゴンスロットのお陰でスタミナにはまだ余裕があった。
ドラゴンは満足げに目を細めると、その大きく開いた口をゆっくりと閉じる。
どうやら満足してくれた様だ。
以前はこの後褒美をやろうと言われ特殊なスロットを左手に刻まれたわけだが、今回ドラゴンは黙って此方を見つめるだけだった。
俺が口を開くのを待っているって事だろうか?
「サラの里のエルフ達を救いたいんだ。直し方を教えてくれないか?」
取り敢えず治療法から聞く。
駄目なら宝玉のおねだりだ。
だがドラゴンは質問には答えず、ゆっくりと瞳を閉じた。
「っ!?」
突如ドラゴンの額に六芒星が浮かび上がり、そして輝きだす。
だがそれは一瞬の事。
直ぐに光は――六芒星は消えてなくなり、ドラゴンは閉じていた瞳を開いた。
「成程……事情は分かりました。それでエルフを連れて来た訳ですか……」
ドラゴンの口から言葉が紡がれた。
今度は体の中ではなく、正真正銘ドラゴンの口から。
しかし……なんか声や喋り方が違うな。
直接体内に響いた物と違い、それは女性的で柔らかな口調だった。
「は、はい!お願いします!どうか……どうか里の皆を……」
サラは土下座のポーズで、地面に額を押し付ける。
土下座はこの世界でも通用するお願いのポーズだ。
だがドラゴンに効果があるかまでは定かではない。
「今、貴方の里を確認しましたが……残念ながら、あれを解く事は私にもできません」
今確認した?
ひょっとして、さっきの魔法陣の光がそうだったのだろうか?
「ですが……呪いを抑える宝玉を用意する事ならば出来ます」
「本当ですか!!!」
その言葉を聞き、サラがガバッと頭を上げる。
その瞳には喜びの色が浮かび、今にも泣きだしそうだ。
しかしいきなり解決したな。
厄介な事を引き受けたと思っていたが、まさか最初に寄ったスライムの森で解決しちまうとは……
少々拍子抜けと言えば拍子抜けだった。
「右手を出してください」
ドラゴンが視線を此方へと向ける。
どう考えても俺への言葉だ。
凄く嫌な予感がして、俺は聞き返す。
「えーっと、理由を聞いても?」
「貴方の宝玉合成の能力に、私の力を加えます。そうすれば、貴方の力で呪い封じの宝玉を生み出せる様になるでしょう」
俺が作んのかよ!?
左手にドラゴンスロットを刻まれた時、俺はそのあまりの痛みに気絶している。
その時の事を思い出し、思わず後ずさった。
同じ様な痛みを受けるというのなら、出来ればごめんこうむりたい所である。
「幻獣?である貴方が作ってくれればいいのでは?」
「私では、宝玉の生成に少々時間がかかってしまいますから。貴方の力を利用した方が効率的なのです」
時間をかけて貰っても……と言いたい所だが、エルフ達は今もの呪いで苦しんでいる。
痛いのが嫌だから、彼らにもう少し辛抱して貰う。
という選択肢は、流石にないよな。
「因みに……痛いですか?」
ひょっとしたら痛くないかもしれない。
そう思い、恐る恐る聞いてみた。
「……」
だが返事は帰って来ない。
無言の肯定って奴だ。
「さあ、右手を出してください」
うう……やだなぁ……
「分かったよ」
心の中で泣き言を呟きながらも、俺は右手を差し出す。
すると遠慮なく、ドラゴンは俺の手に勢いよく
その痛みは想像を絶するもので、俺は悲鳴を上げる間もなく一瞬で意識が飛んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます