19――襲撃

「ここは……」


目覚めるとそこは森の中だった。

更に付け加えるなら、サラの膝の上だ。


俺の頭の下に温かく柔らかい感触が広がり、彼女は俺の顔を覗き込んでいた。


「あ……お目覚めに……」


さっき迄の事を思い出す。


あの糞ドラゴンめ……

心の中で悪態を吐きながら右手を見た。


「跡は無い……か」


失神レベルの強烈な痛みだったが、齧りつかれた跡は残っていない。

ドラゴンスロットの時の様な痣も。

という事は、スロットは増えていないと言う事だ。


まあくれるとは言ってないんだから。当たり前の事ではあるが。


「俺、どれぐらい寝てた」


サラの膝から頭を起こし、訪ねた。

周囲の明るさからそれほど時間は立っていなさそうだったが、一応聞いておく。


「10分ぐらい……です……」


「そっか。膝枕サンキューな」


ダークマターを使った疲れが完全に取れていたので、1時間位は気絶していたと思っていたんだが、思った以上に短い時間だった様だ。

ひょっとしたら、あのドラゴンが回復してくれたのかもしれない。


「あの……」


「ん?」


立ち上がって軽くストレッチしていると、サラがおずおずと懐から何かを取り出す。

それは黄金に輝く宝玉だった。


「え?それって?」


確か闇の使徒が狙っている宝玉は、金色だったはず。

何故サラがそれを持っているのだろうか?

エルフの里にあった物は、奪われたという話だったはずだが。


「幻獣様が持っていろと」


「あのドラゴンが?」


「はい、邪悪なる者を滅せよと」


「え?」


それってあれか?

俺に闇の使徒と戦えって事か?


最初はサラの為に戦う必要性もあるとは思っていたが、呪いを封じる宝玉が手に入るのなら、もう無理に戦う必要は無かった。


貴族に手を出しているせいか奴らは軍にも追われているしな。

国に任せるのが一番だ。


「カオスさん!」


考え事をしていると、サラが急に大声を出した。

驚いて俺はその場で軽く跳ね上がってしまう。

唐突に大声出すのはマジ止めて、俺こう見えて結構ビビりなんだから。


「囲まれてます……6人に……」


その言葉を聞いて、俺は腰の剣に手をかける。

ただ人が近づいてきているだけなら、囲まれる事などありえない。

悪意、もしくは敵意があるから此方を囲むのだ。


じっと目を凝らすと、人影が木々の隙間を縫って少しづつ此方に向かって来るのが見えた。


恐るべき事に、その影は一切音を立てていない。

少なくとも、俺の強化されている聴覚では聞き取れないほど静音で動いている。

もしサラに教えて貰えなければ、間違いなく気づかずに奇襲を喰らっていた事だろう。


「何者だ……」


さっき渡されたばかりの金の宝玉を狙って、闇の使徒が現れた?

流石にそれでは早すぎる。

情報網云々で、どうにか出来るレベルではない。


じゃあ他に誰かと言われると、全く思いつかな訳だが……


相手の正体も目的も分からないので、先制攻撃は躊躇われる。

只の勘違いで此方を包囲している可能性だってあるからな。


どうした物かと迷っている内に、一人の男が高所から目の前に着地した。

恐らく、木の枝を使ってジャンプでもしたのだろう。


「闇の使徒……」


「ほう……我らを知っているか……」


目の前に現れた男は、全身黒尽くめだった。

想像から思わず呟いてしまったが、どうやら当たりだった様だ。


「くくく……幻獣の住処への入り口を張っていたが。まさか態々外に持ち出してくれる者がいるとはな。感謝するぞ」


成程。

張っていた訳か。

それならこのスピード対応にも、納得できるという物だ。


「そちらの小娘はあの里のエルフだな。貴様、呪いはどうした?」


「……」


サラは応えない。

どうやって対処したかなんて、態々教えてやる義務などないのだから当然の話だ。

まあ彼女がそれを意図したかは別問題だが。


「まあいい。素直に宝玉を渡すのなら、ひと思いに殺してやろう。逆らうのなら、呪いで藻掻き苦しんで貰う。エルフ達の様にな」


「――っ!?」


サラが男を強く睨む。

分かってはいたが、こいつらは間違いなく屑だ。


「ざっけんなよ。それよりお前らには聞きたい事が色々とある。素直に喋って貰うぜ」


「ふ、愚かな」


男が手を上げると木々の隙間から黒尽くめの男が5人、此方を囲むように姿を現した。


俺は剣を引き抜き、身構える。

見る限り、男達の手に武器はない。

恐らく、サラから聞いている呪いが武器なのだろう。


「死ぬがいい!!」


男達が一斉に俺達に向かって手を向ける。

その掌には黒い魔法陣が刻み込まれており、それが赤黒く光った瞬間、そこから黒い靄の様な物が噴き出した。

サラの話で聞く限り、この靄に触れると呪われる様だ。


「サラ!」


「ひゃっ!」


四方からくる靄を躱すには上しかない。

素早く片手で彼女を抱えると、ブーストを発動させジャンプする。

俺は優に10メートル以上は飛び上がり、木を蹴った反動で奴らの頭上を飛び越えた。


「――んなっ!?」


自分達の上空を飛びこされ、男が絶句する。

ブーストは3分間と効果時間は短いが、その効果中は人の限界を遥かに超えた力を発揮する。


これがあれば6対1でも問題ない。

それだけの力がブーストにはあった。

だからこそ、俺は囲まれているにも拘らず慌てる事無く落ち着いていられたのだ。


「サラ!じっとしててくれ!」


そう告げると着地と同時にサラを地面に下ろし、その周囲をダークマターで囲う。

これで簡易シェルターの完成だ。


ダークマターは鋼より硬く、魔法に対しても高い耐性がある事が色々試した結果分かっている。

呪いを防げるかまではあれだが、そもそもサラには宝玉の力があるからな。

だから俺がやられない限り、サラは安全だ。


追いついた使徒達が俺に向かって、一斉に黒い靄を放つ。

俺は再びそれを飛んで躱し、上空からダークマターを細い針の様にして飛ばす。


「ダークニードル!」


黒い無数の針が、頭上から男達を襲う。

針はかなり細く短めだ。

余程変な所に当たらない限り、相手が死ぬ事はまず無いだろう。


「ぐぁあ!」


「ぎゃあ!」


放った無数の針がその体に突き立ち、呻き声を上げて使徒達が蹲る。

結果は上々だった。

直地した俺は剣の腹で素早く蹲る敵の足を叩き折って周り、奴らを無力化する。


「さあ、色々と話して貰うぜ」


呪いの解き方。

それに黄金の宝玉の使い方を。


「ぐぅ……我らを……舐めて貰っては困るな」


「んなっ!?」


突然使徒達は自らに向かって手を向け――


そして黒い靄を放った。


「ぐぇあぁぁぁぁぁ!!」


「ひぎゃあぁぁぁぁ!」


「ヴエェエ!」


靄に飲まれた使徒達は奇声を上げて藻掻き苦しみ、地面を転がりまわる。

やがて全身から血が噴き出し、奴らは息絶えてしまう。


「くそっ!」


殺す気はなかったのだ。

あくまでも情報を引き出して国に引き渡すつもりだったのだが、奴らは情報を渡す事を良しとせず自ら命を絶ってしまった。


後味が猛烈に悪い。

全く……勘弁してくれ。


彼らの推参な死体を見せるのもあれなので、俺は死体が見えない様にしつつ、サラを連れてその場を離れた。


使徒たちの苦痛に歪んだ最後の表情を思い出す。

酷い死に様だった。


あんな最期を迎えるなんてぞっとしない。

出来れば人生の最後は、布団の上で安らかに迎えたいものだ。

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