45――屑にはなりたくない

厄災の欠片は此方を睨みつけたまま動かない。

だがその圧は凄まじく、本能的な恐怖から俺は一歩後ずさる。


「――っ!?なんだ?」


カタカタと腰のあたりから音と振動が……

何事かと思い視線を落とすと、腰に掛けていた業魔の剣がほんのりと輝き、微細に振動していた。


剣が反応している?


業魔の剣は厄災を切る為の剣だ。

それが反応しているという事は、目の前の化け物は闇の使徒の言う通り厄災――その一部とやらで間違いないのだろう。


俺は業魔の剣を手に取り、引き抜く。

と同時に、サラに駆け寄り指示を出した。

もちろん攻撃魔法の指示だ。


「サラ。強力な奴を頼む」


相手が何故動いてこないのかは分からないが、これはチャンスだ。

先制攻撃で相手の力量を測らせて貰う。


「はい!」


「エマとドマは俺の傍に」


サラが高速詠唱を始める。

攻撃魔法がどの程度効くのか。

その結果次第では、転移でとっととおさらばする事になるだろう。


可能ならこで始末しておきたい所だが――後々本体が出て来た時、弱体化させられるかもしれないから――危険を冒すつもりは更々無い。


「テンペスト」


魔法が発動する。

サラの両手から生まれた強烈な突風は、破壊の渦となって化け物を直撃した。

その凄まじいエネルギーは大地を抉り、地形すらも大きく変える


だが……


駄目か。


化け物は魔法を避けようともしていなかった。

微動だにせずその直撃を受けたと言う事は――


「全然効いてないな」


サラの放った魔法は出鱈目な威力だ。

にもかかわらず、直撃を喰らった厄災の欠片には掠り傷一つ付いていな。

かった。


いくらなんでも強すぎだろ、こいつ。

あれを喰らって無傷な化け物相手では、仮にブーストを使っても勝つのはまず無理だ。


よし!

撤退!


つか……欠片でこの強さだとしたら、本体はどうなるってんだ?

俺が倒すとか、絶対無理だぞ。


「勝ち目がない!撤退するぞ!」


そう宣言し、俺は迷わず転移を発動させる。


……

…………

………………ん?


本来ならここで視界が暗転し浮遊感に包まれるはずなのだが、何故か何も起こらない。


え?なんで?


その時、化け物と目が合う。

奴はその口元を大きく歪めていた。

その顔は、まるで笑っているかの様だ。


……マジか。


その瞬間理解する。

転移が阻害された事を。


まずい。

まずいぞ。


死という一文字が頭に浮かび、俺は恐怖で一歩後ずさる。

その様を、厄災の欠片はじっと見つめていた。


死ぬ。

このままじゃ、確実に……


恐怖で背筋が寒くなり、足がすくむ。


「カオス様。我々が時間を稼ぎます。その間にサラと共にお逃げください」


何が起こったのかを素早く理解したドマが、一歩前にでた。

それにエマも続く。


「な!?」


目の前の化け物相手に時間稼ぎする。

それは死を意味していた。

二人は俺達を逃がすため、死ぬつもりだ。


「二人を置いて行くなんて、そんな……」


「我ら兄妹は、カオス様に里の恩を返すためついてまいりました。これが我らの使命です」


「全ては覚悟の上の事です。でも、サラだけは……どうかお願いします」


「そんな!?私も二人と一緒に戦います!!」


サラが悲鳴の様な声を上げる。


「サラ、貴方はハイエルフなのよ。だから分かって」


悲痛な表情のサラに、エマが優しく語り掛ける。

ハイエルフである彼女は、エルフにとって特別な存在であり、死なせる訳にはいかないと。


「でも。私は……」


「お願いだ。分かってくれ。カオス様。申し訳ありませんが、どうかサラをお願いします」


「……すまない」


俺にとって……それは有難い申し出だった。


サラを守るためにこの場を離脱する。

仲間を見捨てて。


それは俺がこの場から逃げる為の、大義名分と言っていい。

それを含めて、ドマも意図的にそう口にしたのだろう。

「サラをお願いします」と。


「あの魔物がいつ動いて来るか分かりません!さあ、早く!」


「サラ……行くぞ」


俺は……死にたくなかった。


これは仕方がない事なんだ。

それにサラだって守ってやらないといけない。

彼らに頼まれたのだから。


自分の醜い部分を覆い隠す様に、自分自身にそう言い聞かせる。

そして剣をおさめ、俺はサラの手を掴んだ。

だが――


「――っ!?」


腕を引っ張っても彼女は動かず、泣きそうな顔で黙って俺を見上げる。

その悲し気な瞳を見て、胸に痛みが走った。


良心の呵責。

仲間の命を切り捨てて、自分だけ生き延びようとしている事。

その言い訳にサラを利用している事。


「……」


これでいいのか?

本当に?


母が死んだとき、父は姿も見せなかった。

そしてその事で傷ついてた俺を、無慈悲にも王家から追放している。


人間の屑だと思ったよ。

だから暮らしはともかく、王宮自体には全く未練はなかった。


だが今の俺はどうだ?

自分の為に命を投げ出そうとしてくれている人達の気持ちを利用して、生き延びようとする今の俺は。


……屑だと思った父親と、何が違うと言うんだ?


「カオス様!早く!」


俺は黙ってサラの手を放す。


「カオス様?」


「俺は父親が嫌いだった。そんな父親と同じだなんて、まっぴらごめんだ」


母にはちゃんと生きて行くと誓ったんだ。

だから……父の様な人間ではなく、ちゃんとした心を持った人間として俺は生きる。


「は?」


ドマが鳩が豆鉄砲を喰らった様な顔をする。

ま、そりゃそうだ。

恐怖で気が狂ったと思われてもおかしくない、そんな唐突な発言だったからな。


「あいつを倒すぞ」


「カオス様!」


泣きだしそうだったサラの顔に光が差す。

こんな小さな子供に仲間を見捨てさせるなんて、真っ当な大人のやる事じゃない。


何より……俺自身、彼らを死なせたくなかった。

だったらやる事は一つだ。


「しかし……あの化け物は」


「多分逃がしてはくれないさ」


落ち着いて、冷静に考えてみると気づく。

あの化け物がさっきからまるで動いていない理由に。


此方が逃げるそぶりを見せた瞬間だってそうだった。

奴は一切動いていない。


つまりそれは――逃がさない絶対の自信があると言う事の表れだ。


此方の転移を妨害したくらいだ。

走って逃げても、それを阻止する方法があるのだろう。


例えば……結界とかな。


「まあ取り敢えずやってみよう。まだ負けると決まった訳じゃないし」


サラの魔法はあの化け物には効かなかった。

それが純粋な耐久力による物なら、倒すのは相当きついだろう。

だが単に、魔法に対する耐性が出鱈目に高かっただけ可能性もある。


それに……俺にはこの剣がある。


再び業魔の剣を抜き放つ。

光り輝くこの剣は、幻獣が厄災を倒させる為に俺に託した剣だ。

きっとゲーム的に言う所の特攻――ダメージ2倍とかの効果があるに違いない。


例え相手がとんでもないれべるの耐久だったとしても、ブーストによる超パワーと、この剣の力できっと何とかなる筈だ。


「ははは、どうした?逃げないのか?」


再び男の声が響いた。

その余裕のある声音で確信する。

やはり、逃げられない様に何らかの仕掛けがあるのだと。


「サラ。外部からの魔法を阻害する結界の様な物は張れないか?」


動かない化け物に、男の言葉。

恐らく男がこの化け物を操っているのだろう。

だからそのコントロールを断ち切る事が出来れば、魔物自体が消えるんじゃないかと期待する。


「やって見ます!」


サラが呪文を唱える。

詠唱は一瞬で終わり、彼女の手から光が波動の様に広がっていく。


「ごおぉぉぉぉぉぉ!」


次の瞬間、魔物が雄叫びを上げる。

まるで狭い檻から解き放たれた猛獣の様だ。


急激な変化。

サラの張った結界によって、魔物を縛る楔が断ち切られたのは疑い様がない。

だが残念ながら、コントロールを断っても厄災の欠片は消えてくれそうになかった。


「来ます!」


化け物は闘牛の様に数度右前足で地面を掻き、そして真っすぐに此方へと突撃して来た。


「散開!回避に専念してくれ!」


全員が俺の言葉に従い、四方に散る。

魔物の狙いは俺の様だ。

周りには目もくれず、真っすぐ俺に突進してくる。


ひょっとしたら、この剣を目標にしてるのかもな。

これが厄災を倒す剣だと言うなら、その持ち主を本能的に狙って来てもおかしくはない。


「ブースト!」


俺は早々に切り札を発動させ、その巨体による突進を紙一重で躱す。

それと同時に、手にした業魔の剣で横を通り過ぎる化け物に全力で斬りつけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る