31――遭遇

暗い通路の中を真っすぐに進む。

光におびき寄せられたのか、それとも生命の匂いを嗅ぎつけたか、数体のグールが姿を俺達の前に現した。


「ぐるぅぅぅ!」


俺達に気付いた途端、奴らは唸り声を上げ、四足獣の様な姿勢で此方へと突っ込んで来る。

だがその次の瞬間――


「フレイムウォール!」


サラが素早く魔法を唱え、俺達の眼前に分厚い炎の壁が生み出した。

グール達は全力疾走していた為、止まる事も出来ずその炎の中へと突っ込み燃え上がる。

その様は、まるで焚火の光に誘われその中に飛び込む小虫の様だ。


「お見事」


「任せて下さい!」


この迷宮の探索を始めてすでに五日経つ。

ここに入ってから既に数えきれない程の魔物と遭遇してはいるが、俺はまだ一度も剣を振るってはいない。

強力な魔法を操り、サラが瞬く間に魔物を始末してしまうからだ。


流石ハイエルフ。

ホント頼りになるわ。


「戦闘音がします!」


そこから暫く進むと、サラが急に声を張り上げた。

俺には全く聞こえなかったは、森にすむエルフは音に敏感だ。

彼女の気のせいという事は無いだろう。


「それと人の声も!」


「人がいるのか!?」


ここは人里から離れた険しい山の中にある迷宮だ。

冒険者でも、そうそう訪れる事のない場所である。


しかもここは滅茶苦茶広い。

そんな中、偶然近くに人がいる事に驚きが隠せなかった。


「悲鳴です!助けに行かないと!」


そう言うとサラは俺を置いて駆け出す。

速さの宝玉を取り込んでいるせいか、彼女の足はくっそ早い。

俺はそれに遅れない様、必死についていく。


「ファイヤー・ボール!」


途中アンデッドと遭遇するが、サラが魔法で瞬時に燃やし尽くす。

もう距離が近いのか、俺にも戦闘音と怒号が聞こえて来た。


迷宮の角を曲がった先には――


「げっ?リッチか!?」


視界に入った相手を見て、俺は思わず声を上げる。


ボロボロのローブを身に纏い、怖気のするオーラを全身から放つ骨だけの化け物。

それがリッチだ。


強力な魔法を扱うリッチは、アンデッド系モンスターとしては最強クラスの強さを誇っている。

そのため余程の熟練パーティーでも、まず手を出す事は無いと言われている程の化け物だ。


そのリッチと、数名の冒険者が交戦していた。

かなり劣勢の様で、何人かの人間が倒れているのが見える。


「不味いな」


例えリッチであろうと、今のサラの魔法なら恐らく問題なく倒せるはず。

だがその為には、一つ大きな問題があった。

戦闘している冒険者の前衛が、リッチに張り付いてしまっているのだ。


魔法は火力が高いほど攻撃範囲が広がる性質であるため、これでは高火力の魔法は打てない。


「サラ!剣に魔法を!」


俺が剣を抜くと、ほぼ同時に炎の魔法が付与される。

通常の魔導士には出来ない、エルフ特有の精霊魔法だ。

ゲーム的に言うなら、魔法剣と言った所だろう。


「行って来る!」


宣言と同時にブーストをかける。

筋力アップに変えた影響か、自分でもびっくりする程瞬発力が上がっていた。


一瞬でリッチの懐に入り込んだ俺は、防御する間も与えずその胴を剣で薙いだ。


奴の体に当たる直前、何か変な感触――恐らく魔法の障壁――を感じたが、気にせず剣を振り抜く。


「ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」


真っ二つに切断した奴の下半身が地面に転がった。

だが奴はその状態でも倒れる事無く、宙に浮いた状態の上半身で此方へと反撃しようとして来る。


「はっ!」


俺はそれよりも早く、次の一撃で奴の首を刎ね飛ばす。


「ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ…………」


刎ね飛び、地面に転がったしゃれこうべが不気味な雄叫びを上げながら消滅していく。

宙いていた体も、地面に転がっていた下半身も。


魔法を剣に付与して貰っていたとは言え、こんな上位モンスターを一瞬で倒すとか、我ながら惚れ惚れする強さである。

今なら王都にいたギルドマスターのガイガー相手でも、普通に勝てそうだ。


「大丈夫ですか?」


「え……ええ……」


リッチに張り付いていた体格のいい冒険者が、放心した様な顔で俺の問いにコクコクと頷く。

一瞬の事でまだ事態がよく呑み込めていないのだろう。


よく見ると、鎧が所々弾け飛び全身傷だらけだ。

出血も酷い。

もう少し到着が遅れていたら、かなり危なかったんじゃないかと思う。


「酷い状態だな……」


周囲を落ち着いて見回すと、怪我を負ってしゃがみ込んでいたり、倒れて動けない人間が目立つ。

立っている人達も全身ボロボロだ。


「サラ。倒れている人に回復魔法をかけてやってくれ」


「は、はい!」


俺は倒れて動かない人間に、優先的に回復を施す様サラに頼んだ。

既に亡くなっている可能性も高いが、生きている様なら、優先的に回復しないと手遅れになってしう。


「……」


サラが一番傷が酷そうな人物に寄って魔法をかけようとするが、首を横に振る。

どうやらダメな様だ。

次も同じ様に首を振って死亡を報せるが、最後の一人は息があった様で、彼女の魔法で腹部に開いた穴が瞬く間に塞がっていった。


サラは回復魔法も強力だ。

その様子を見て、冒険者達は目を見開いている。


「助けて頂いた上に回復までして頂いて、本当にありがとうございます」


助けたパーティーの女性に、感謝の言葉をかけられる。

眼鏡をかけた、理知的な顔の女性だ。

美人と言っていいだろう。


ただ目についたのはその美貌ではなく、格好の方だ。


彼女は他のメンバーに比べ、明らかに軽装だった。

およそ戦闘を前提としていない、厚手のシャツとズボンだけの出で立ち。

仮に魔法使いと考えても、妙な恰好だ。


「私はアイレンと申します。このパーティーの雇い主で、この迷宮を調査していたのですが……」


メガネの女性――アイレンさんは冒険者では無かった様だ。

冒険者の雇い主なら、その恰好にも納得がいく。


「まさかリッチと遭遇するとは、夢にも思いませんでした」


聞く限り、高位のアンデッドが出ると言う話は聞いていない――向かう前に帝国のギルドで情報を買っている。

だがまあ、ここは冒険者ですら真面に立ち寄らない場所だ。

情報に抜けイレギュラーがあるのは、ある程度は仕方がない事だろう。


「そうですか。災難でしたね」


「ええ、ですから本当に助かりました。ところで、此処へは彼女と二人で来られたんですか?」


アイレンさんはちらりとサラの方を見た。

既に倒れていた女性は意識を取り戻している。


「彼女の魔法、凄いですね。それにあなたの剣の腕も。ひょっとして、貴方がたが噂の幻想金属オリハルコン冒険者。ダイムとサンダさんですか?」


「は?いや、違いますけど?」


誰だそりゃ?

まあ冒険者として最高位の幻想金属オリハルコンとなれば相当有名なのだろうが、俺は帝国に来て日が浅いので全く知らない名だった。


「え、違うんですか?先ほど見た電光石火の動きから、てっきりそうだと思ったんですが。これは失礼しました」


「ああ、いや。気になさらないでください」


間違いは誰にでもある物だ。

それに冒険者として最高位の幻想金属オリハルコンと間違えられて、失礼って事も無い。

俺はまだ白金プラチナな訳だしな。


「それで……話は変わるのですが、もし可能ならば是非貴方がたを雇いたいんですが……」


まあ、やっぱそう来るよな。

此処はかなりの深層だ。

出口へは、真っすぐ目指しても――道を知っている前提で考える――相当な時間がかかる事になる。


パーティーメンバーが二人欠けている状態で、もし再びリッチと遭遇したら……

そう考えると、目の前の人間に縋ろうとするのは当たり前の事だった。


「いや、俺達も目的があってここへきてるんで……」


俺は言葉を濁す。

出口まで付き合ってやれよと思うかもしれないが、俺達は最低限の物だけ持って――転移で出入りが自由なので――此処へとやってきている。


彼らは直ぐに気づいて勘繰るだろう。

こんな場所にいる俺達が、何故大した荷物を持っていないのかを。


転移の事を話すわけにもいかないし、かと言って上手い言い訳も浮かばない。

出来れば彼らには、自力で頑張って出口へと向かって貰いたい所だ。

流石にリッチなんて化け物には、早々出くわす事もないだろうし。


「報酬ならば満足頂ける額をご用意します。遺跡の外まででいいので、何とかお力を借りる事は出来ないでしょうか?」


だがまあ、やはりというか。

アイレンさんは諦めずに喰らいついて来る。

自分達の命がかかっているんだから、しょうがないと言えばしょうがないか。


「俺からも頼む」


リッチに張り付いていた戦士が話に加わって来た。

見ると体の傷は既に治っている。

サラは仕事が早い。

他の人達の治療も、もう終わっている様だ。


「この先、再び今みたいな強力な奴と遭遇したら、悔しいが俺達の腕では依頼主を守り切る事がで良そうにない。それに……それに出来れば、亡くなった仲間の遺体を外に運び出してやりたいんだ」


彼は苦し気な表情で俺を真っすぐに見つめる。

遺体を運び出そうとするのは、リスクの大きい行動だった。

死体から漂う死の匂いに釣られ、アンデッドやそれ以外の魔物が寄って来る可能性が高いからだ。


だから再度強力な魔物と遭遇する事を抜きにしても、彼は俺達の力を借りたいのだろう。


「……分かりました。その代わり条件があります。実はさっき休憩中に、ネズミ型のアンデッドに水や食料が盗まれてしまってるんです。出来ればそれを探そうと思っていたんですが、手伝えと言うなら、出口までの水と食料をお願いします」


「そ、そうだったんですか。随分と軽装だと思っていたんですが……そんな事が」


かなり苦しい嘘だ。

勿論相手も、間違いなくそれには気付いているだろう。

長い迷宮探索における命綱を、自分達よりも遥かに弱い魔物に奪われるとかありえないからな。


突っ込んで来ないのは、事情があるのに自分達の頼みを聞いた俺達に対する感謝の気持ちがあるからだろう。

もしくは……余計な所を突いて、此方の機嫌を損ねない様にしたかだ。


まあ何にせよ、雇われた俺達は彼らと共に迷宮の出口を目指す。

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