川原七奈 ④ 暗記物の確認には隙間時間を有効活用
決行日はまさかの翌日だった。
1時間目が終わってすぐ、川原がオレの席に来て言ったのだ。
「今日の放課後はスタバだから」って。
さすがのオレも驚いた。
だって、昨日の今日だぞ?
その話をしてからまだ24時間経ってないんだぞ?
「マジか?」
「うん。やっぱり”学年3位指定席”はパワーワードだったみたいだよ?
かをりのお母さん、喜んですぐにお小遣い渡してくれたみたい。
『この際だからたくさん教えてもらっていらっしゃい』って予定の倍額出してくれたらしいから、何なら2回行って飲めるよ?」
しれっと答える川原。
この策士め。
「2回もなんてオレ、行きたくねぇ……」
「行く前からそんなこと言わないの」
ぴしゃりと一言。
「そんな訳だから、今日はよろしく」
オレに反論の余地を与えず言いたいことだけ言って、川原はさっさと自分の席に戻っていった。
当の久保はと言えば、自分は関係ないと言わんばかりにそっぽを向いている。
あーあ。
なんかオレ、川原にいいように使われている気がする。
いいのか? これで。
甘いフラペチーノを頼むはずのスタバが、ビミョーにビターな感じで若干、不安になってきた。
学校から駅へと向かう道すがら。
女子2人がきゃいきゃい話しているのを横で聞きながら、オレはぼーっと歩いていた。
女子ってなんでこんなに歩くのが遅いんだろう。
もっとてきぱき歩いてさっさと目的地にたどり着きたいんだがオレは。
こんなにとろとろ歩いていたら、さっき頭の中に詰め込んだばかりの日本史の年表が脳内から流れ出していきそうだ。
いかん。
無理やり押し込んでおかねば。
頭の中で暗記したばかりの記憶を再確認していたら、
「ねぇ、ねぇ。三崎くんってば」
横から袖を引っ張られた。
川原がじろっとオレをにらんでいる。
「な、なななんだよ」
「さっきから聞いてるのに、三崎くんったら全然返事しないから」
「あ、ああ、そりゃ悪かったよ。ちょっと暗記物の確認をしてたもんで」
「何よそれ。一緒に歩いてる時くらい、そんなことしてないでおしゃべりすればいいのに」
よく言うよ。
おまえたちのその絶え間なく続く会話に割り込めるほどの華麗なフットワークも高速滑舌も持ち合わせちゃいないんだオレは。
「もう。だから黙ってないで、どっちにするか考えてよ」
「どっちとは?」
「やっぱり何も聞いてないし」
ほらね? と川原が呆れたような顔を久保に向けている。
「フラペチーノもいいけど、長い時間、勉強するんだったら、コーヒーとケーキの方がいいかなあって、そういう話」
久保が川原の代わりに答えてくれる。
「ああ、なるほど」
正直、どっちでもいい。勉強さえしっかりできれば。
「で、おまえらはどうするつもりなんだ?」
「えー? どうしようか悩んじゃったから三崎に聞いたんじゃん」
「なるほど」
「『なるほど』しか言わないって、絶対に『どうでもいい』とか思ってるんだよ三崎くんてば」
図星ついてくるなよ、川原。
返答に困るじゃねーか。
あー、もうなんかアレコレ考えるの面倒くさくなってきたことだし、ここはぶっちゃけ言ってやるか。
「『どうでもいい』とか言う以前に、はっきり言ってオレ、行き慣れてないんだよスタバ。そもそもフラペチーノなんて頼んだの数えるほどだし、ケーキに至ってはそれこそあそこで食ったことないし。だから聞かれたって分かんないんだよ。返事のしようがないんだよ。それで何か文句あるか?」
「あー、なるぅ」
まさかのオウム返し!
ひとに言っておいてそれかよ。川原ひでぇぞ、おい。
「たしかにスタバ行き慣れてるようには見えないもんねえ」
「聞くだけ野暮だったわけか」
挙げ句、2人でくすくす笑いだすって何だよそれ。マジひでぇ、バカにしてるな。
「じゃ、今日は私たちが三崎くんをお世話してあげようかね」
「うんうん」
「スタバは裏メニュー多いもんね」
「ってことはやっぱりフラペチーノ?」
「んー、そうか、な?」
2人が楽しげに2人だけの会話に戻っていくのを聞きながら、まだ店につくどころか電車にすら乗っていない今のこの状況を、オレは何よりも恐ろしく思い始めている。
こんなんで本当にマジメに勉強ができるのであろうか……?
🚃 🚃 🚃 🚃 🚃
2人がドア横のシートに座れたので、オレはその横に立って、単語帳を繰る。
川原と喋ってはいたが、さすがに電車内での久保の表情は心持ち硬く見えた。
単語帳を繰っていても、2人の会話が途切れ途切れ耳に入ってくる。
スタバのメニューの話は既に終わったようで、今は文化祭の話に移っていた。
「クラス参加は何、やるんだっけ?」
「え? 3年だから飲食じゃないの?」
「やっぱそうか。準備に時間かけてられないもんね」
「そろそろ決めなきゃいけない頃じゃなかったっけ?」
「多分、次のホームルームあたりじゃない?」
「クラスTシャツ作るのかな?」
「そりゃ、作るでしょ。これで最後だもん」
「そっか。最後かぁ。文化祭終わったらガチ受験生って感じだね」
……って、おいおい。オレたち既にガチ受験生なんですけど?
そのためにこれから勉強するんじゃなかったっけ??
こんなんで店に着いてから、ちゃんと勉強できるのであろうか……?
オレの焦りと不安は、電車のスピードと歩調を合わせるように、加速度的に速まっていた。
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